The Room of Requirement

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数学・物理学が恐れる最も危険な概念:『異端の数ゼロ』

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『異端の数ゼロ』ハヤカワ文庫

著者:チャールズ・サイフェ

 

文明を揺さぶり続けてきたゼロ

ゼロがもたらす無と無限大は、人間を悩ませ文明を揺さぶり続けてしました。数学、哲学、宗教、天文学、そして物理学、あらゆる場面で恐れられ拒絶され危険視された概念ゼロを取り上げた一冊です。

 

本書の要約

第1章〜第4章

ゼロと人類の出会いを記します。ほとんどの古代人はゼロを知りませんでした。紀元前3000年、バビロニア人は空位を表わす目印としてゼロを使い始めましたが、幾何学と数学を結びつけたピタゴラスはゼロを必要としませんでしたし、ゼノンのパラドックスに直面したアリストテレスはゼロを拒絶しました。いうまでもなく、神を脅かすゼロはキリスト教から破門されます。

 

西洋で拒絶されたゼロは東洋へ向かい、ようやくインドそしてアラブ世界で数体系に取り入れられました。その後、ゼロは貿易の必要性からゼロは再び西洋を訪れ、デカルト座標の文字通り中心、そしてパスカルの気圧計の真空の中に、その居場所を見つけることになりました。

 

第5章〜第6章

ゼロと数学者の関わりを記します。ニュートンライプニッツは数学規則を大胆にも破り0/0を行いましたが、その結果得られたのは奇妙なことに科学が手にした史上最も強力な道具、微積分でした。微積分はその後、ダランベールが極限操作を取り入れることによって数学としての資格を得ることになりました。射影幾何学やかの有名な連続体仮説を経て、数学者はゼロとのうまい付き合い方を知るようになりました。

 

第7章〜第8章

量子力学が見つけたゼロ点エネルギー、カシミール効果が裏付けた真空エネルギー、ブラックホール特異点に鎮座するゼロと無限大、そしてビッグバンの始まりの時間ゼロ、ゼロは物理の世界にも頻繁に姿を表わすようになります。超ひも理論などの究極理論は物理学の世界でゼロを打ち破ることを期待されていますが、まだまだ時間がかかりそうです。

 

ウィンストン・チャーチルがニンジンであることの証明

本書の付録にはこんな面白い証明が載っています。

aとbがそれぞれ1に等しいとする。aとbは等しいから、

b*b=a*b (等式1)

aはそれ自身に等しいから、明らかに

a*a=a*a (等式2)

等式2から等式1を引くと、

a*a-b*b=a*a-a*b (等式3)

(中略)因数分解して

(a+b)*(a-b)=a*(a-b) (等式4)

ここまでは問題ない。さて、両辺を(a-b)で割ると、

a+b=a (等式5)

両辺からaを引くと、

b=0 (等式6)

ところが、この証明の冒頭でbを1としたから、等式6より

1=0 (等式7)

これは重大な結果だ。議論を進めよう。我々は、ウィンストン・チャーチルの首は1つであることを知っている。ところが、等式7より1は0に等しいので、チャーチルには首がない。同様に、チャーチルには葉っぱが生えている端っこがないので、チャーチルには葉っぱが生えている端っこが一つある。また、等式7の両辺に2をかけると、

2=0 (等式8)

チャーチルには脚が二本ある。したがって脚がない。チャーチルには腕が2本ある。したがって腕がない。等式7の両辺にチャーチルのウエスト・サイズをかけると、

チャーチルのウエスト・サイズ)=0 (等式9)

つまり、チャーチルの胴は先細りになっていて、ウエストは一点である。では、ウィンストン・チャーチルは何色をしているだろう。チャーチルから出るいずれかの光線から光子を一つ選ぶ。等式7の両辺に波長をかけると、

チャーチルの光子の波長)=0 (等式10)

等式7の両辺に640nmをかけると、

640=0 (等式11)

等式10と等式11を組み合わせると、

チャーチルの光子の波長)=640nm

つまり、この光子はーチャーチルから発せられるどの光子もーオレンジ色だ。ウィンストン・チャーチルは明るいオレンジ色である。

 

まとめると、私たちは数学的に以下のことを証明した。ウィンストン・チャーチルは腕も脚もない。首の代わりに葉っぱが生えている。どうは先細りになっていて、先が一点になっている。明るいオレンジ色をしている。明らかにウィンストン・チャーチルはニンジンである。

 

 

ゼロで割るという操作を許すとこんな奇妙なことが証明できます。ゼロで割ると、数学の枠組み全体が崩壊してしまうということをわかりやすく示してくれる例ですね。

 

まとめ

人類が出会ってきた様々な困難の多くの背後にはゼロが潜んでいたのだと分かりました。人類とゼロの出会い、対立、共存の歴史を一気に駆け巡ることができます。

 

宇宙を旅した先駆者たち:『宇宙からの帰還』

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『宇宙からの帰還』中公文庫

著者:立花隆

 

宇宙飛行士たちの衝撃に満ちた内的体験を鮮やかに描いた本

 

有史以来、人類にとって宇宙とは、残されたフロンティアという以上の、聖域とも呼ぶべき特別な場所であり続けたことでしょう。ニュートン以前の時代には、天界(つまり宇宙)は地上の延長線上にあるのではなく、完璧な調和がとれた、地上とは本質的に異質な世界であると考えられていたと言われます。

 

そのような宇宙に先駆者として足を踏み入れた宇宙飛行士はどのような体験をしたのか。この本ではジャーナリストとして高名な立花氏が、取材とインタビューによって宇宙飛行士たちの体験を、主として内的体験の側面から生き生きと描いています。

 

僕は昔から宇宙に興味があり、さらに工学部の学生として人類を宇宙空間に送り込むというテクノロジーの挑戦に特に関心を持っていたので、この本を手に取りました。

 

本書の概要

本書は五部構成になっています。

 

第一部では宇宙飛行士たちが共通に経験した、外的体験としての当時の宇宙飛行の様子を紹介しています。無重力、極低温、無酸素、太陽風、…、あまりにも過酷な宇宙空間でヒトが生きるためにはあらゆるテクノロジーを駆使し何重にも保護を重ねなければなりません。地球を離れて初めて地球の保護の有難さを本当の意味で体験できるのですね。

 

これ以降、宇宙飛行士の各々の経験が内的体験を中心に語られます。

第二部では宇宙で神の臨在を感じ、宇宙飛行後に伝道者となったジム・アーウィン、第三部では宇宙体験について語ろうとせず、ついには精神病院に入ることになったバズ・オルドリン、第四部では国民的英雄となりのちに政界入りしたジョン・グレンと宇宙飛行後に実業家となったウォーリー・シラー、そして第五部では宇宙体験の精神的インパクトを否定する宇宙飛行士や宇宙で超能力実験をした宇宙飛行士など様々な人物が紹介されています。

 

また、巻末には著者と宇宙飛行士の野口聡一さんとの対談が収録されています。野口さんは高校時代に本書を読んで大きく影響を受けたそうです。

 

神との邂逅

月面上で神秘的な体験を語ったジム・アーウィンの言葉を引用します。

 

祈りに神が直接的に即座に答えてくれるのだ。祈りというより、神に何か問いかける。するとすぐに答えが返ってくる。

 

アーウィンは月面上で神とコミュニケーションを取ったと語っています。神との邂逅とは、有神論者にとって究極の体験でしょう。科学技術の結晶である宇宙船での旅先で、この上ない宗教体験をするというのは何か奇妙な気がしますが、それほど月の環境が特異で、非日常的で、神秘的であったということでしょうね。

 

まとめ

宇宙飛行士たちは宇宙飛行後、NASAに活動報告を行うそうですが、そこでは外的経験・客観的経験しか報告しないそうです。また、宇宙飛行士の多くは引退後、航空宇宙産業にとどまるため、自身の経験を告白する機会は少ないようです。こういった背景があるため、宇宙飛行士の内的経験・主観的経験を取り上げた本書は価値があるんですね。

 

そして、この本を読んで、2つの事柄への興味が高まりました。一つは、テクノロジーの側面から見た宇宙飛行がどのような困難をもちどうやってそれを乗り越えたのか、もう一つは有神論者の宇宙飛行士のような人はいかにして科学と宗教に折り合いをつけ、共存させているのか、ということです。

クリティカルシンキングとは何か:『哲学思考トレーニング』

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『哲学思考トレーニング』ちくま新書

著者:伊勢田哲治

 

「屁理屈や詭弁、権威に騙されずに世の中にあふれる様々な主張を考えるための本」

科学哲学・倫理学の専門家である著者が、クリティカルシンキングの方法を具体例を交えながら筋道立てて述べています。頭をフルに使って読む必要がありますが、それだけに本書の内容を習得できれば広く応用できると思います。

 

「本書の概要」

本書は5章からなります。

 

第1章:上手に疑うための第一歩

クリティカルシンキングにおいて最も重要である、疑う習慣を身につける前提として、「議論」を特定する方法を述べます。また、不毛な議論の特定にならないために、「思いやりの原理」「協調原理」を紹介します。

 

第2章:「科学」だって怖くない

議論の前提と推論を科学との関係の中で考えます。間違った推論として「権威からの議論」や「対人論法」、「分配の過ち」、「結合の過ち」を示し、科学的な思考法のためには、前提と推論を反証主義的に吟味することや定義によって意味の混同を回避することが必要だと述べます。

 

第3章:疑いの泥沼からどう抜け出すか

前提の懐疑については、「デーモン仮説」(または「水槽脳仮説」)を棄却できない方法的懐疑主義ではなく、「関連する対抗仮説」型や「基準の上下」型の文脈主義が採用すべき懐疑であると主張します。

推論については妥当性を判断するための論理的推論を紹介します。

 

第4章:「価値観の壁」をどう乗り越えるか

価値主張のクリティカルシンキングを取り上げます。ここでも、倫理的懐疑主義の代替として立証責任の概念を使って文脈主義が紹介されます。また、妥当でない価値的推論として、「二重基準の過ち」、「自然主義的誤謬」、「自然さからの議論」を示します。

 

第5章:みんなで考えあう技術

第4章までの内容を踏まえ、「温暖化対策」というテーマで、より実践的なクリティカルシンキングを行います。そして、クリティカルシンキングの倫理性について言及します。

 

「価値主張のクリティカルシンキング

第4章から、「生きる意味」という価値主張のクリティカルシンキングの方法を抜き出します。

ここでは、4つの視点が必要であることが示されます。

 

⑴基本的な言葉の意味を明確にする。

コンセンサスが取れるような言葉の哲学的定義を探るために、「薄い記述」を徐々に厚くしていきます。

 

⑵事実関係を確認する。

一見価値観で対立しているように見える二人が、実際には、基本的な価値判断については一致していながら事実の問題について対立していたということはよくあることだそうです。

 

⑶同じ理由をいろいろな場面に当てはめる。

大前提となる価値主張に普遍化可能テストを実施し、その整合性を検討します。

 

⑷出発点として利用できる一致点を見極める。

すでに一致できているところにはできるだけ手をつけず、それでも不整合が生じたら、できるだけ無理のない方向で修正を加えるという方針で出発点を見極めることが良いとされます。

 

「まとめ」

ここまで、本書の概要と一部抜粋を書きましたが、おそらくどういうことを言っているのか分からないと思います。哲学思考とは、それほど私たちの普段の思考とは違うものであるということです。しかし、難解ではありますが、本書にあるようなクリティカルシンキングは、「生きる意味は何か」や「中絶をしてはならない」などの現代社会で大きな議論を引き起こしている問題に対して理性的なアプローチを可能にしています。何度も読み直したい一冊です。

天才vs天才:『容疑者xの献身』

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容疑者xの献身』文春文庫

著者:東野圭吾

「ただ、あなたに幸せになってほしい」哀しいまでの献身

第134回直木賞受賞作。東野圭吾さんのガリレオシリーズは天才物理学者湯川学が難事件を科学的アプローチによって次々と解決していく人気シリーズで、ドラマ化もされています。今作はシリーズ最初の長篇作品で、2008年には映画化されたのでご存知の方も多いと思います。

 

映画版もおすすめ

僕はあまり映画は観ないのですが、この映画は見たことがあって、観たことがある映画の中でかなり好きな作品の一つです。福山雅治さんが演じる湯川教授がいつにも増して格好いいですし、堤真一さんは石神の人格が憑依したのかと思わせるような演技でした。

 

四色問題

本作では四色問題という数学の問題が登場します。四色問題四色定理)とは次のような問題です。

 

四色定理(よんしょくていり/ししょくていり、英: Four color theorem)とは、平面上のいかなる地図も、隣接する領域が異なる色になるように塗り分けるには4色あれば十分だという定理である。立体射影により平面を球面に写して、球面上の地図にしても同様に成立する。

出典:Wikipedia 

 

 物語のあらすじ

高校の数学教師をしている石神は、天才的な数学者でありながら不遇な日々を送っていました。人生に希望を失っていた時、隣の部屋に一人娘とともに引っ越してきた花岡靖子に密かに想いを寄せるようになります。

 

ある日二人が、執拗に追いかけてくる靖子の前夫を殺害してしまったことを知った石神は、二人を救うべく、その頭脳で完全犯罪を計画・実行します。

 

思惑通りにことが進む中、警察の相談を受け現れたのは石神の大学時代の親友、湯川でした。天才数学者と天才物理学者の対決の先に待っていたのは、愛にあふれる悲劇…。

 

親友に追い詰められる覚悟、親友を追い詰める覚悟

花岡靖子の前夫の殺害事件に石神が関係しているのではないか、そう感づいた湯川は石神にこう問いかけます。

 

「人に解けない問題を作るのと、その問題を解くのとでは、どちらが難しいか。ただし、解答は必ず存在する。どうだ、面白いと思わないか」

 

P≠NP問題に似た形のこの問題は、湯川が石神の企てたであろう完全犯罪に挑戦する覚悟を固めたことを暗示しているように思えます。誰も解けないはずの石神の“問題”が、湯川の関与によって綻びを見せ始め、崩壊への道をたどる、そんな予兆を示している気がします。

 

ちなみに、P≠NP問題(P≠NP予想)とは下のような問題です。

 

クラスPとは、決定性チューリング機械において、多項式時間で判定可能な問題のクラスであり、クラスは、Yesとなる証拠(Witnessという)が与えられたとき、多項式時間でWitnessの正当性の判定(これを検証という)が可能な問題のクラスである。多項式時間で判定可能な問題は、多項式時間で検証可能であるので、P⊆NPであることは明らかであるが、PがNPの真部分集合であるか否かについては明確ではない。証明はまだないが、多くの研究者はP≠NPだと信じている。そして、このクラスPとクラスNPが等しくないという予想を「P≠NP予想」という。

出典:Wikipedia

 

「問題を解くのと、問題の解答の正当性を判定するのとでは、どちらが難しいか」ということですね。

 

まとめ

「隣同士は同じ色にはなれない」。花岡親子と同じになることは決してできないとわかっているけれど、ただ隣にいるだけでいい。石神の思いに胸を締め付けられるようでした。本当に美しい作品でした。

世界を圧倒したZero Fighter:『零式戦闘機』

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出典:Cliff

『零式戦闘機』新潮文庫

著者:吉村昭

 

太平洋戦争開戦前から、何年にも渡って圧倒的戦果を収め続けた零戦の開発そして盛衰を描いた本

 

零戦日本海軍が生んだ当時最高の戦闘機として有名ですね。「永遠の0」や「風立ちぬ」などのヒットした映画でも取り上げられ、その活躍を知っている人も多いと思います。

 

この本では、多くの歴史文学を手がけた吉村氏が、零戦の開発から盛衰を、零戦を開発した三菱重工名古屋航空機製作所の人々の視点から描いています。

 

本書の要約

太平洋戦争開戦前、日本の航空技術は他の国に大きく水を開けられていました。日本海軍は日本独自の戦闘機の生産を指示、三菱重工名古屋航空機製作所は堀越二郎を設計主任者とし、海軍が示す法外な性能要求を満たす日本独自の新型戦闘機の開発に着手しました。

 

速度性能や航続能力、上昇力、空戦能力、兵装、など互いに相殺し合うあらゆる面で当時の世界最高機を大きく上回る性能を目指す戦闘機の開発は当然ながら困難を極めました。誰しもが不可能と思った任務でしたが、新技術と新素材を用い、独創的な設計を施し試作とテストを繰り返し、死亡事故や設計変更も乗り越えて、製作チームは驚異的な性能を持つ戦闘機を完成させました。

 

太平洋戦争開戦後、零戦日本海軍の主力戦闘機としてアメリカ軍の戦闘機を圧倒し、「Zero Fighter」として恐れられました。零戦はアメリカ軍が次々と開発する新型機にも圧倒的優位を保ち続けましが、日本軍全体の戦況の悪化と機を一にするように、アメリカ軍による不時着機の押収や2対1の非格闘戦闘などによって攻略を許し、ついには終戦を迎えました。

 

伝説となった初陣

零戦の初陣は、昭和15年中国の重慶上空での日本空軍と中国空軍との戦闘でした。零戦13機に対し、相手はソ連の誇る戦闘機イ15、イ16の27機。わずか10分間の激烈な戦闘後、残ったのは零戦13機のみ。奇跡的な戦果をあげ、零戦の性能の高さを国内外にまざまざと見せつける結果となりました。あまりにも非現実的な結果に、アメリカなどは結果報告を誤報とみなしたそうです。

 

まとめ

日本のものづくりが世界に戦いを挑んだ物語でした。昔から日本人はハードウェア製作が得意だったというのは工学部の人間としては嬉しいですが、零戦の成功は堀越氏の才能に依っている部分が大きいようです。堀越氏が零戦について書いた本があるようなので、堀越氏の内的体験やより詳細な技術的な記述を期待してそちらも読んでみたいと思います。

最新宇宙論入門:『宇宙は本当にひとつなのか』

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『宇宙は本当にひとつなのか』ブルーバックス

著者:村山斉

 

最新宇宙論のエッセンスが盛り込まれた本

暗黒物質、暗黒エネルギー、宇宙の大規模構造、多次元宇宙、異次元。実験や観測から次々と生まれる謎を解くと、解いた謎より多くの謎が行く手を阻む。ついには「宇宙はひとつしかない」という信念さえも疑わしくなる。人類に残された多くの“宿題”を紹介してくれます。

 

本書の概要

本書は8章からなります。

 

 第1章:私たちの知っている宇宙

恒星を構成する物質の観測方法と銀河の回転速度の観測方法が書かれています。観測結果から暗黒物質の存在が存在していることがわかります。

 

 第2章:宇宙は暗黒物質に満ちている

重力レンズ効果の説明がなされ、これの観測によっても暗黒物質を観測的に観測できることがわかります。

 

第3章:宇宙の大規模構造

宇宙背景放射とそこからわかる宇宙の大規模構造の話です。

 

第4章:暗黒物質の正体を探る

暗黒物質の候補としてアクシオンニュートラリーノが紹介されます。

 

第5章:宇宙の運命

宇宙の加速膨張から暗黒エネルギーの存在が予想され、これが宇宙の運命を左右すると考えられています。

 

第6章:多次元宇宙

統一理論の完成のため、4次元以上の多次元宇宙が考えられました。

 

第7章:異次元の存在

異次元を観測する実験が紹介されます。

 

第8章:宇宙は本当にひとつなのか

宇宙が枝分かれするという多世界解釈を説明します。超弦理論の紹介もあります。

 

多世界解釈

本書で紹介されている物理現象の中で、最も受け入れがたいものはおそらく多世界解釈でしょう。この仮説が提唱されるきっかけとなったのは、二重スリット実験だそうです。かなり有名な実験で2002年に「最も美しい実験」に選ばれ多ことでも知られています。

 

ある電子が波動として、他のある波動としての電子と干渉した、ということなら話はわかりやすいです。しかし、二重スリット実験では電子は一つずつしか登場しません。

 

一つの電子は、二つのスリットのうち一方を通ってスクリーンに当たるはずです。にもかかわらず、スクリーンに干渉縞が現れるということは、右のスリットを通った電子と左のスリットを通った電子とがあることを意味しているように思えます。

 

このような、あまりにも不可解な実験結果を説明するには、多世界解釈のような不可解な仮説が必要になるのですね。他の解釈としてはコペンハーゲン解釈があり、こちらの方がメジャーですが、波動関数の収縮がどのような原理でいつ起こるかということが説明されないため、かの有名な「シュレディンガーの猫」のような問題を解決できず、不完全であるようです。

 

まとめ

少し前に読んだ本ですが、印象的だったので再度読んでみました。

 

最新の宇宙論を対象としているにもかかわらず、物理を本格的に学んでいない人でもその概要を理解できるように書かれた優れた本だと思います。暗黒物質、暗黒エネルギー、宇宙膨張といった物理現象の観測方法や観測結果からの推論方法、多次元宇宙や多元宇宙、超弦理論といった理論の概観やその予測、こういったものが本当に簡潔に述べられていて、著者の頭脳の明晰さを感じると共に、宇宙の謎の深遠さに触れられました。

大東亜戦争敗戦から学ぶ:『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』

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出典:Nelo Hotsuma

 

『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』中公文庫

著者:戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、松之尾孝生、松井友秀、野中郁次郎

 

大東亜戦争における敗北を組織としての日本軍の失敗として捉え直し、現代の組織の教訓として活用することを目的とした本

 

大東亜戦争で日本軍は惨憺たる敗北を喫しました。人、物、金の全てを捧げた総力戦に敗北して国力を使い果たした日本はアメリカに占領されるに至りました。この敗北は日本人が経験した最も重大な失敗の一つであるでしょう。

 

本書では大東亜戦争で日本軍が失敗した6つの主要な作戦を組織論的観点から振り返り、現代の組織にとっての教訓・反面教師として活用することを目的としています。

 

小池百合子東京都知事が“座右の書”として紹介した

小池知事が“座右の書”として紹介したことで再び注目されましたね。書店では小池知事の言葉が載ったカバーや帯がかかったものが並んでいます。僕はテレビでこのことを知り、読むことにしました。

 

本書の概要

本書は三部構成になっています。

 

第一部では大東亜戦争における6つの作戦(ノモンハン事件、ミッドウェー作戦、ガダルカナル作戦、インパール作戦、レイテ海戦、沖縄戦)の概要を紹介しています。僕は高校では日本史を選択しなかったので、それぞれの作戦については詳しく知りませんでした。ですが、地図などを交えながら戦況を第三者の視点で説明してあるので日本軍の組織としての実態を理解することができました。

 

第二部では、第一部で紹介した6つの作戦に共通する事柄をアメリカ軍と照らし合わせながら戦略と組織の二つの次元で分析し、 “失敗の本質”として述べています。タイトルからわかるように、第二部は本書の核となっています。

 

第三部では、日本軍が第二部で挙げた戦略と組織の特性を持ち環境適応に失敗するに至った原因を考察しています。日本軍は自己革新能力を保持しなかったことが環境適応の失敗の原因と結論し、日本軍と幾つかの点で特徴を同じくする現代の日本の組織が、自己革新組織となるための方策を示します。

 

 

「失敗から学ばない」という失敗

日本軍の戦略上の失敗要因として

⑴曖昧な戦略目的

⑵短期決戦の戦略志向

⑶主観的で「帰納的」な戦略策定—空気の支配

⑷狭くて進化のない戦略オプション

⑸アンバランスな戦闘技術体系

 

組織上の失敗要因として

⑴人的ネットワーク偏重の組織構造

⑵属人的な組織の統合

⑶学習を軽視した組織

⑷プロセスや動機を重視した評価

 

が挙げられています。

 

このうち、「学習を軽視した組織」の一節からピックアップしてみます。

ここでは、ミッドウェー海戦作戦担当の黒島先任参謀が戦後語った言葉を引用されています。

 

本来ならば、関係者を集めて研究会をやるべきだったが、これを行わなかったのは、突っつけば穴だらけであるし、皆十分反省していることでもあり、その非を十分認めているので、今更突っついて屍にむち打つ必要がないと考えたからだ、と記憶する。

 

対人関係に対する配慮が優先し、失敗の経験から学び取ろうとする姿勢が欠如しています。日本軍はミッドウェー海戦で失敗しただけでなく、その失敗から学ぶ機会を逃すという失敗を犯した、つまり二重の失敗を犯したということです。

 

僕は大学でサークルに所属して幹部を務めているのですが、この黒島参謀と似たような心境になったことが多々あることに気づかされました。後輩に指導しなければならない時があるとき、相手との関係を悪くする可能性を考えると、相手の失敗を掘り返し原因を追及するのは勇気が必要なのです。しかし、相手とそして組織のために、覚悟を決めて失敗と正面から対峙することが大切なのだと再認識しました。

 

まとめ

過去の失敗から学び、環境に適応し続けられる組織を作るために必要なエッセンスが示されている本でした。僕が組織に入ったときには再度読み直し組織を分析したいと思いました。また、戦争の歴史について学ぶ必要があると感じました。