The Room of Requirement

必要な人が必要な時に必要なことを

人間の姿をした悪魔たち:『異常快楽殺人』

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『異常快楽殺人』角川ホラー文庫

著者 平山夢明

 

怪物となった人々の不幸で残酷な人生を描く

殺人は人が犯してはならない最も重大な罪の一つです。しかし、歴史上には何十・何百もの殺人を犯した“怪物”たちがいます。その実態を知れば「人はここまで残忍になれるのか」という衝撃を感じずにはいられないと思います。

 

本書の要約

本書では7人の異常快楽殺人犯が紹介されます。

 

人体標本を作る男 エドワード・ゲイン

 偏執的な信仰心を持つゲインの母親は歪んだ戒律を教育し、アル中だった父親の死を息子達に祈らせるような人物でした。また、息子の“男”としての部分を全ての堕落と退廃の源として憎悪していて、母親を恐れながらも敬愛するゲインは大きく影響を受けました。

 家族達の死後、絶望的な孤独に陥ったゲインは怪物へと姿を変えます。彼は、夜中に霊園に足を運び、女性の墓を暴いて棺を掘り出し死体を取り出して、性交したり死体を弄ったりしました。やがて死体の解剖に興味を持ち始めたゲインは、死体を自宅に持ち帰り、解剖・解体・加工して、装飾品や置物を作るようになります。

 ベッドポストに飾られた頭蓋骨、人間の膝骨と背中の皮でできた椅子、数人の顔の皮が使用されたランプシェード、幾つもの唇が吊り下げられたモビール、乳房が飾られたチョッキやベスト、人間の皮膚でできた財布・ポーチ・バッグ、…。この捜査で狂気の展覧会を目にした保安官は、この時の捜査が元で不眠と不安神経症に悩まされ始め、ゲインの公判の前に心臓麻痺で死んだそうです。

 

殺人狂のサンタクロース アルバート・フィッシュ

 幼少期を孤児院で死後したフィッシュは、寮母の鞭打ちが快感をもたらすことに気がつきました。彼はその卓越した想像力と集中力で妄想にふけるようになります。成人した彼は、結婚し子供をもうけますが、妻の浮気が原因の離婚を機に彼の精神の崩壊の度を強めていきます。

 穏やかな老紳士の風貌をまとった64歳のフィッシュは、10歳の少女を誘拐し食したことを警察に突き止められ、逮捕されました。彼は400人以上の幼児殺人を告白しました。「どんなふうになるんだろう、電気椅子なんて。何しろ人生に一度しか味わえないじゃないか。今が人生で一番わくわくしているよ」こんな言葉を残して、悪魔から来た殺人狂はこの世を去りました。

 

厳戒棟の特別捜査官 ヘンリー・リー・ルーカス

 全米犯罪史上最多の360人の殺人を犯したとして死刑宣告を受けているヘンリー・ルーカスは、テキサス州の要請を受けてヘンリー・ルーカス連続殺人事件特別捜査官の一員として、独房の中から事件の捜査・解決に協力しています。

 『羊たちの沈黙』という小説の登場人物のモデルにもなった男は、独房でシスターに洗礼を受け、すべてが解決した後の死刑執行を条件として捜査に協力し続けています。

 

この他、ベトナム従軍経験が“時限爆弾”となって連続殺人を犯し、懲役250年の刑を受け服役中のアーサー・シャウクロス、53人の婦女子を殺害したソ連の赤い切り裂き魔アンドレイ・チカチロ、道化師として慈善活動を行う傍、33人の少年を殺害したジョン・ウェイン・ゲーシー、人肉を主食とし、上腕二頭筋が好物の美青年ジェフリー・ダーマーの4人が紹介されます。

 

まとめ

 ミステリー小説を幾つか読んだのち、現実の世界ではどのような犯罪があったのか知るために読んでみましたが、現実に起こったことだと受け止めがたい事件ばかりでした。事件そのものの異常性はもちろんですが、詳細な犯行(殺人・解体・食人)の様子がグロテスクに描かれていることによって人間の恐ろしい闇を強烈に感じます。著者自身、執筆中は家族から「人格が変わってしまっていた」と語り草になっているとのことで、気分が悪くなりやすい方や体調が悪い方は読むのを控えた方が良いかもしれないです。

懊悩の果ての死地:『青の炎』

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『青の炎』角川文庫

著者:貴志祐介

 

殺人というものを17歳の犯人の視点から見つめる

貴志祐介さんのミステリーで、Amazonのレビューが多く評価も高いので有名な人気作であるようですが、お気に入りの一冊なので改めて紹介させていただきます。僕は見たことはないのですが、2003年には監督蜷川幸雄さん、主演二宮和也さんで映画化されています。

 

物語のあらすじ

17歳の櫛森秀一は高校に通いながら、母・妹とともに三人で暮らしていました。平和に幸せな生活を送っていた中、突然家に押しかけてきたのは母の前夫の曾根でした。酒とギャンブルに溺れる曾根は秀一の家にとどまり続け、三人の金を浪費し母そして妹にまで手を出そうとしてしました。

 

警察も弁護士もこの問題を解決してくれないことを悟った秀一は、家族を守るために自らの手で曾根を「強制終了」する決意を固めます。秀一の心の中に現れた熱くて冷たい青の炎は大きく強く燃えさかり、敵を、味方を、そして自分自身をも…。

 

全てを変える‘事実’

家族想いの優しい高校生を孤独な殺人者に豹変させたのは、どこにも助けを求められない状況の中で、それでも母と妹を守らなければならないという思いでした。秀一は豊富な知識と明晰な頭脳を活かして、‘完全犯罪’を考案することに成功します。高校生なのに、いや、高校生だからこそなのか、責任感に突き動かされるがままに、秀一は遂に曾根の「強制終了」計画を実行しました。

 

警察の捜査の後、曾根の不審死は病死とされ、計画は成功裏に終わったかのように思われました。しかし、「一人の人間を殺害した」という確固たる事実は、秀一が知らないところで全てを変えてしまっていました。家族との生活、友人や思いを寄せる人との関係、そして何よりも秀一の心は、もう以前のあり方ではなくなってしまっていて、それを取り戻すことはできなくなっていました。

 

この事件を発端として、様々な出来事が秀一の思いもよらぬ形で次々と展開し、この物語の悲劇的な結末へと向かうことになることを考えると、たった一人で‘完全犯罪’の考案に成功し、計画通りに遂行するだけの頭脳・行動力・責任感を持ち合わせていたことは、秀一にとって不運なことだったように思われます。

 

この物語の最後の部分そして結末に感じる、哀感なのか虚無感のような感情は、僕の語彙ではうまく形容できませんが、読み終えた後はしばらく余韻に浸ってしまいます。

 

まとめ

この感想を書くためにもう一度読み直してみましたが、結末が分かっていても魅力を失わない物語でした。フィクションは多くは読んでいないのですが、これほど犯人に感情移入させ、犯人と喜怒哀楽をともにできる物語はあまりないのではないかと思います。以前感想を書いた『容疑者xの献身』に似ているポイントがいくつかあるので、そちらが好きな方はこの作品も気に入るかもしれません。

数学・物理学が恐れる最も危険な概念:『異端の数ゼロ』

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『異端の数ゼロ』ハヤカワ文庫

著者:チャールズ・サイフェ

 

文明を揺さぶり続けてきたゼロ

ゼロがもたらす無と無限大は、人間を悩ませ文明を揺さぶり続けてしました。数学、哲学、宗教、天文学、そして物理学、あらゆる場面で恐れられ拒絶され危険視された概念ゼロを取り上げた一冊です。

 

本書の要約

第1章〜第4章

ゼロと人類の出会いを記します。ほとんどの古代人はゼロを知りませんでした。紀元前3000年、バビロニア人は空位を表わす目印としてゼロを使い始めましたが、幾何学と数学を結びつけたピタゴラスはゼロを必要としませんでしたし、ゼノンのパラドックスに直面したアリストテレスはゼロを拒絶しました。いうまでもなく、神を脅かすゼロはキリスト教から破門されます。

 

西洋で拒絶されたゼロは東洋へ向かい、ようやくインドそしてアラブ世界で数体系に取り入れられました。その後、ゼロは貿易の必要性からゼロは再び西洋を訪れ、デカルト座標の文字通り中心、そしてパスカルの気圧計の真空の中に、その居場所を見つけることになりました。

 

第5章〜第6章

ゼロと数学者の関わりを記します。ニュートンライプニッツは数学規則を大胆にも破り0/0を行いましたが、その結果得られたのは奇妙なことに科学が手にした史上最も強力な道具、微積分でした。微積分はその後、ダランベールが極限操作を取り入れることによって数学としての資格を得ることになりました。射影幾何学やかの有名な連続体仮説を経て、数学者はゼロとのうまい付き合い方を知るようになりました。

 

第7章〜第8章

量子力学が見つけたゼロ点エネルギー、カシミール効果が裏付けた真空エネルギー、ブラックホール特異点に鎮座するゼロと無限大、そしてビッグバンの始まりの時間ゼロ、ゼロは物理の世界にも頻繁に姿を表わすようになります。超ひも理論などの究極理論は物理学の世界でゼロを打ち破ることを期待されていますが、まだまだ時間がかかりそうです。

 

ウィンストン・チャーチルがニンジンであることの証明

本書の付録にはこんな面白い証明が載っています。

aとbがそれぞれ1に等しいとする。aとbは等しいから、

b*b=a*b (等式1)

aはそれ自身に等しいから、明らかに

a*a=a*a (等式2)

等式2から等式1を引くと、

a*a-b*b=a*a-a*b (等式3)

(中略)因数分解して

(a+b)*(a-b)=a*(a-b) (等式4)

ここまでは問題ない。さて、両辺を(a-b)で割ると、

a+b=a (等式5)

両辺からaを引くと、

b=0 (等式6)

ところが、この証明の冒頭でbを1としたから、等式6より

1=0 (等式7)

これは重大な結果だ。議論を進めよう。我々は、ウィンストン・チャーチルの首は1つであることを知っている。ところが、等式7より1は0に等しいので、チャーチルには首がない。同様に、チャーチルには葉っぱが生えている端っこがないので、チャーチルには葉っぱが生えている端っこが一つある。また、等式7の両辺に2をかけると、

2=0 (等式8)

チャーチルには脚が二本ある。したがって脚がない。チャーチルには腕が2本ある。したがって腕がない。等式7の両辺にチャーチルのウエスト・サイズをかけると、

チャーチルのウエスト・サイズ)=0 (等式9)

つまり、チャーチルの胴は先細りになっていて、ウエストは一点である。では、ウィンストン・チャーチルは何色をしているだろう。チャーチルから出るいずれかの光線から光子を一つ選ぶ。等式7の両辺に波長をかけると、

チャーチルの光子の波長)=0 (等式10)

等式7の両辺に640nmをかけると、

640=0 (等式11)

等式10と等式11を組み合わせると、

チャーチルの光子の波長)=640nm

つまり、この光子はーチャーチルから発せられるどの光子もーオレンジ色だ。ウィンストン・チャーチルは明るいオレンジ色である。

 

まとめると、私たちは数学的に以下のことを証明した。ウィンストン・チャーチルは腕も脚もない。首の代わりに葉っぱが生えている。どうは先細りになっていて、先が一点になっている。明るいオレンジ色をしている。明らかにウィンストン・チャーチルはニンジンである。

 

 

ゼロで割るという操作を許すとこんな奇妙なことが証明できます。ゼロで割ると、数学の枠組み全体が崩壊してしまうということをわかりやすく示してくれる例ですね。

 

まとめ

人類が出会ってきた様々な困難の多くの背後にはゼロが潜んでいたのだと分かりました。人類とゼロの出会い、対立、共存の歴史を一気に駆け巡ることができます。

 

宇宙を旅した先駆者たち:『宇宙からの帰還』

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『宇宙からの帰還』中公文庫

著者:立花隆

 

宇宙飛行士たちの衝撃に満ちた内的体験を鮮やかに描いた本

 

有史以来、人類にとって宇宙とは、残されたフロンティアという以上の、聖域とも呼ぶべき特別な場所であり続けたことでしょう。ニュートン以前の時代には、天界(つまり宇宙)は地上の延長線上にあるのではなく、完璧な調和がとれた、地上とは本質的に異質な世界であると考えられていたと言われます。

 

そのような宇宙に先駆者として足を踏み入れた宇宙飛行士はどのような体験をしたのか。この本ではジャーナリストとして高名な立花氏が、取材とインタビューによって宇宙飛行士たちの体験を、主として内的体験の側面から生き生きと描いています。

 

僕は昔から宇宙に興味があり、さらに工学部の学生として人類を宇宙空間に送り込むというテクノロジーの挑戦に特に関心を持っていたので、この本を手に取りました。

 

本書の概要

本書は五部構成になっています。

 

第一部では宇宙飛行士たちが共通に経験した、外的体験としての当時の宇宙飛行の様子を紹介しています。無重力、極低温、無酸素、太陽風、…、あまりにも過酷な宇宙空間でヒトが生きるためにはあらゆるテクノロジーを駆使し何重にも保護を重ねなければなりません。地球を離れて初めて地球の保護の有難さを本当の意味で体験できるのですね。

 

これ以降、宇宙飛行士の各々の経験が内的体験を中心に語られます。

第二部では宇宙で神の臨在を感じ、宇宙飛行後に伝道者となったジム・アーウィン、第三部では宇宙体験について語ろうとせず、ついには精神病院に入ることになったバズ・オルドリン、第四部では国民的英雄となりのちに政界入りしたジョン・グレンと宇宙飛行後に実業家となったウォーリー・シラー、そして第五部では宇宙体験の精神的インパクトを否定する宇宙飛行士や宇宙で超能力実験をした宇宙飛行士など様々な人物が紹介されています。

 

また、巻末には著者と宇宙飛行士の野口聡一さんとの対談が収録されています。野口さんは高校時代に本書を読んで大きく影響を受けたそうです。

 

神との邂逅

月面上で神秘的な体験を語ったジム・アーウィンの言葉を引用します。

 

祈りに神が直接的に即座に答えてくれるのだ。祈りというより、神に何か問いかける。するとすぐに答えが返ってくる。

 

アーウィンは月面上で神とコミュニケーションを取ったと語っています。神との邂逅とは、有神論者にとって究極の体験でしょう。科学技術の結晶である宇宙船での旅先で、この上ない宗教体験をするというのは何か奇妙な気がしますが、それほど月の環境が特異で、非日常的で、神秘的であったということでしょうね。

 

まとめ

宇宙飛行士たちは宇宙飛行後、NASAに活動報告を行うそうですが、そこでは外的経験・客観的経験しか報告しないそうです。また、宇宙飛行士の多くは引退後、航空宇宙産業にとどまるため、自身の経験を告白する機会は少ないようです。こういった背景があるため、宇宙飛行士の内的経験・主観的経験を取り上げた本書は価値があるんですね。

 

そして、この本を読んで、2つの事柄への興味が高まりました。一つは、テクノロジーの側面から見た宇宙飛行がどのような困難をもちどうやってそれを乗り越えたのか、もう一つは有神論者の宇宙飛行士のような人はいかにして科学と宗教に折り合いをつけ、共存させているのか、ということです。

クリティカルシンキングとは何か:『哲学思考トレーニング』

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『哲学思考トレーニング』ちくま新書

著者:伊勢田哲治

 

「屁理屈や詭弁、権威に騙されずに世の中にあふれる様々な主張を考えるための本」

科学哲学・倫理学の専門家である著者が、クリティカルシンキングの方法を具体例を交えながら筋道立てて述べています。頭をフルに使って読む必要がありますが、それだけに本書の内容を習得できれば広く応用できると思います。

 

「本書の概要」

本書は5章からなります。

 

第1章:上手に疑うための第一歩

クリティカルシンキングにおいて最も重要である、疑う習慣を身につける前提として、「議論」を特定する方法を述べます。また、不毛な議論の特定にならないために、「思いやりの原理」「協調原理」を紹介します。

 

第2章:「科学」だって怖くない

議論の前提と推論を科学との関係の中で考えます。間違った推論として「権威からの議論」や「対人論法」、「分配の過ち」、「結合の過ち」を示し、科学的な思考法のためには、前提と推論を反証主義的に吟味することや定義によって意味の混同を回避することが必要だと述べます。

 

第3章:疑いの泥沼からどう抜け出すか

前提の懐疑については、「デーモン仮説」(または「水槽脳仮説」)を棄却できない方法的懐疑主義ではなく、「関連する対抗仮説」型や「基準の上下」型の文脈主義が採用すべき懐疑であると主張します。

推論については妥当性を判断するための論理的推論を紹介します。

 

第4章:「価値観の壁」をどう乗り越えるか

価値主張のクリティカルシンキングを取り上げます。ここでも、倫理的懐疑主義の代替として立証責任の概念を使って文脈主義が紹介されます。また、妥当でない価値的推論として、「二重基準の過ち」、「自然主義的誤謬」、「自然さからの議論」を示します。

 

第5章:みんなで考えあう技術

第4章までの内容を踏まえ、「温暖化対策」というテーマで、より実践的なクリティカルシンキングを行います。そして、クリティカルシンキングの倫理性について言及します。

 

「価値主張のクリティカルシンキング

第4章から、「生きる意味」という価値主張のクリティカルシンキングの方法を抜き出します。

ここでは、4つの視点が必要であることが示されます。

 

⑴基本的な言葉の意味を明確にする。

コンセンサスが取れるような言葉の哲学的定義を探るために、「薄い記述」を徐々に厚くしていきます。

 

⑵事実関係を確認する。

一見価値観で対立しているように見える二人が、実際には、基本的な価値判断については一致していながら事実の問題について対立していたということはよくあることだそうです。

 

⑶同じ理由をいろいろな場面に当てはめる。

大前提となる価値主張に普遍化可能テストを実施し、その整合性を検討します。

 

⑷出発点として利用できる一致点を見極める。

すでに一致できているところにはできるだけ手をつけず、それでも不整合が生じたら、できるだけ無理のない方向で修正を加えるという方針で出発点を見極めることが良いとされます。

 

「まとめ」

ここまで、本書の概要と一部抜粋を書きましたが、おそらくどういうことを言っているのか分からないと思います。哲学思考とは、それほど私たちの普段の思考とは違うものであるということです。しかし、難解ではありますが、本書にあるようなクリティカルシンキングは、「生きる意味は何か」や「中絶をしてはならない」などの現代社会で大きな議論を引き起こしている問題に対して理性的なアプローチを可能にしています。何度も読み直したい一冊です。

天才vs天才:『容疑者xの献身』

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容疑者xの献身』文春文庫

著者:東野圭吾

「ただ、あなたに幸せになってほしい」哀しいまでの献身

第134回直木賞受賞作。東野圭吾さんのガリレオシリーズは天才物理学者湯川学が難事件を科学的アプローチによって次々と解決していく人気シリーズで、ドラマ化もされています。今作はシリーズ最初の長篇作品で、2008年には映画化されたのでご存知の方も多いと思います。

 

映画版もおすすめ

僕はあまり映画は観ないのですが、この映画は見たことがあって、観たことがある映画の中でかなり好きな作品の一つです。福山雅治さんが演じる湯川教授がいつにも増して格好いいですし、堤真一さんは石神の人格が憑依したのかと思わせるような演技でした。

 

四色問題

本作では四色問題という数学の問題が登場します。四色問題四色定理)とは次のような問題です。

 

四色定理(よんしょくていり/ししょくていり、英: Four color theorem)とは、平面上のいかなる地図も、隣接する領域が異なる色になるように塗り分けるには4色あれば十分だという定理である。立体射影により平面を球面に写して、球面上の地図にしても同様に成立する。

出典:Wikipedia 

 

 物語のあらすじ

高校の数学教師をしている石神は、天才的な数学者でありながら不遇な日々を送っていました。人生に希望を失っていた時、隣の部屋に一人娘とともに引っ越してきた花岡靖子に密かに想いを寄せるようになります。

 

ある日二人が、執拗に追いかけてくる靖子の前夫を殺害してしまったことを知った石神は、二人を救うべく、その頭脳で完全犯罪を計画・実行します。

 

思惑通りにことが進む中、警察の相談を受け現れたのは石神の大学時代の親友、湯川でした。天才数学者と天才物理学者の対決の先に待っていたのは、愛にあふれる悲劇…。

 

親友に追い詰められる覚悟、親友を追い詰める覚悟

花岡靖子の前夫の殺害事件に石神が関係しているのではないか、そう感づいた湯川は石神にこう問いかけます。

 

「人に解けない問題を作るのと、その問題を解くのとでは、どちらが難しいか。ただし、解答は必ず存在する。どうだ、面白いと思わないか」

 

P≠NP問題に似た形のこの問題は、湯川が石神の企てたであろう完全犯罪に挑戦する覚悟を固めたことを暗示しているように思えます。誰も解けないはずの石神の“問題”が、湯川の関与によって綻びを見せ始め、崩壊への道をたどる、そんな予兆を示している気がします。

 

ちなみに、P≠NP問題(P≠NP予想)とは下のような問題です。

 

クラスPとは、決定性チューリング機械において、多項式時間で判定可能な問題のクラスであり、クラスは、Yesとなる証拠(Witnessという)が与えられたとき、多項式時間でWitnessの正当性の判定(これを検証という)が可能な問題のクラスである。多項式時間で判定可能な問題は、多項式時間で検証可能であるので、P⊆NPであることは明らかであるが、PがNPの真部分集合であるか否かについては明確ではない。証明はまだないが、多くの研究者はP≠NPだと信じている。そして、このクラスPとクラスNPが等しくないという予想を「P≠NP予想」という。

出典:Wikipedia

 

「問題を解くのと、問題の解答の正当性を判定するのとでは、どちらが難しいか」ということですね。

 

まとめ

「隣同士は同じ色にはなれない」。花岡親子と同じになることは決してできないとわかっているけれど、ただ隣にいるだけでいい。石神の思いに胸を締め付けられるようでした。本当に美しい作品でした。

世界を圧倒したZero Fighter:『零式戦闘機』

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出典:Cliff

『零式戦闘機』新潮文庫

著者:吉村昭

 

太平洋戦争開戦前から、何年にも渡って圧倒的戦果を収め続けた零戦の開発そして盛衰を描いた本

 

零戦日本海軍が生んだ当時最高の戦闘機として有名ですね。「永遠の0」や「風立ちぬ」などのヒットした映画でも取り上げられ、その活躍を知っている人も多いと思います。

 

この本では、多くの歴史文学を手がけた吉村氏が、零戦の開発から盛衰を、零戦を開発した三菱重工名古屋航空機製作所の人々の視点から描いています。

 

本書の要約

太平洋戦争開戦前、日本の航空技術は他の国に大きく水を開けられていました。日本海軍は日本独自の戦闘機の生産を指示、三菱重工名古屋航空機製作所は堀越二郎を設計主任者とし、海軍が示す法外な性能要求を満たす日本独自の新型戦闘機の開発に着手しました。

 

速度性能や航続能力、上昇力、空戦能力、兵装、など互いに相殺し合うあらゆる面で当時の世界最高機を大きく上回る性能を目指す戦闘機の開発は当然ながら困難を極めました。誰しもが不可能と思った任務でしたが、新技術と新素材を用い、独創的な設計を施し試作とテストを繰り返し、死亡事故や設計変更も乗り越えて、製作チームは驚異的な性能を持つ戦闘機を完成させました。

 

太平洋戦争開戦後、零戦日本海軍の主力戦闘機としてアメリカ軍の戦闘機を圧倒し、「Zero Fighter」として恐れられました。零戦はアメリカ軍が次々と開発する新型機にも圧倒的優位を保ち続けましが、日本軍全体の戦況の悪化と機を一にするように、アメリカ軍による不時着機の押収や2対1の非格闘戦闘などによって攻略を許し、ついには終戦を迎えました。

 

伝説となった初陣

零戦の初陣は、昭和15年中国の重慶上空での日本空軍と中国空軍との戦闘でした。零戦13機に対し、相手はソ連の誇る戦闘機イ15、イ16の27機。わずか10分間の激烈な戦闘後、残ったのは零戦13機のみ。奇跡的な戦果をあげ、零戦の性能の高さを国内外にまざまざと見せつける結果となりました。あまりにも非現実的な結果に、アメリカなどは結果報告を誤報とみなしたそうです。

 

まとめ

日本のものづくりが世界に戦いを挑んだ物語でした。昔から日本人はハードウェア製作が得意だったというのは工学部の人間としては嬉しいですが、零戦の成功は堀越氏の才能に依っている部分が大きいようです。堀越氏が零戦について書いた本があるようなので、堀越氏の内的体験やより詳細な技術的な記述を期待してそちらも読んでみたいと思います。