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クリティカルシンキングとは何か:『哲学思考トレーニング』

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『哲学思考トレーニング』ちくま新書

著者:伊勢田哲治

 

「屁理屈や詭弁、権威に騙されずに世の中にあふれる様々な主張を考えるための本」

科学哲学・倫理学の専門家である著者が、クリティカルシンキングの方法を具体例を交えながら筋道立てて述べています。頭をフルに使って読む必要がありますが、それだけに本書の内容を習得できれば広く応用できると思います。

 

「本書の概要」

本書は5章からなります。

 

第1章:上手に疑うための第一歩

クリティカルシンキングにおいて最も重要である、疑う習慣を身につける前提として、「議論」を特定する方法を述べます。また、不毛な議論の特定にならないために、「思いやりの原理」「協調原理」を紹介します。

 

第2章:「科学」だって怖くない

議論の前提と推論を科学との関係の中で考えます。間違った推論として「権威からの議論」や「対人論法」、「分配の過ち」、「結合の過ち」を示し、科学的な思考法のためには、前提と推論を反証主義的に吟味することや定義によって意味の混同を回避することが必要だと述べます。

 

第3章:疑いの泥沼からどう抜け出すか

前提の懐疑については、「デーモン仮説」(または「水槽脳仮説」)を棄却できない方法的懐疑主義ではなく、「関連する対抗仮説」型や「基準の上下」型の文脈主義が採用すべき懐疑であると主張します。

推論については妥当性を判断するための論理的推論を紹介します。

 

第4章:「価値観の壁」をどう乗り越えるか

価値主張のクリティカルシンキングを取り上げます。ここでも、倫理的懐疑主義の代替として立証責任の概念を使って文脈主義が紹介されます。また、妥当でない価値的推論として、「二重基準の過ち」、「自然主義的誤謬」、「自然さからの議論」を示します。

 

第5章:みんなで考えあう技術

第4章までの内容を踏まえ、「温暖化対策」というテーマで、より実践的なクリティカルシンキングを行います。そして、クリティカルシンキングの倫理性について言及します。

 

「価値主張のクリティカルシンキング

第4章から、「生きる意味」という価値主張のクリティカルシンキングの方法を抜き出します。

ここでは、4つの視点が必要であることが示されます。

 

⑴基本的な言葉の意味を明確にする。

コンセンサスが取れるような言葉の哲学的定義を探るために、「薄い記述」を徐々に厚くしていきます。

 

⑵事実関係を確認する。

一見価値観で対立しているように見える二人が、実際には、基本的な価値判断については一致していながら事実の問題について対立していたということはよくあることだそうです。

 

⑶同じ理由をいろいろな場面に当てはめる。

大前提となる価値主張に普遍化可能テストを実施し、その整合性を検討します。

 

⑷出発点として利用できる一致点を見極める。

すでに一致できているところにはできるだけ手をつけず、それでも不整合が生じたら、できるだけ無理のない方向で修正を加えるという方針で出発点を見極めることが良いとされます。

 

「まとめ」

ここまで、本書の概要と一部抜粋を書きましたが、おそらくどういうことを言っているのか分からないと思います。哲学思考とは、それほど私たちの普段の思考とは違うものであるということです。しかし、難解ではありますが、本書にあるようなクリティカルシンキングは、「生きる意味は何か」や「中絶をしてはならない」などの現代社会で大きな議論を引き起こしている問題に対して理性的なアプローチを可能にしています。何度も読み直したい一冊です。