宇宙を旅した先駆者たち:『宇宙からの帰還』
『宇宙からの帰還』中公文庫
著者:立花隆
宇宙飛行士たちの衝撃に満ちた内的体験を鮮やかに描いた本
有史以来、人類にとって宇宙とは、残されたフロンティアという以上の、聖域とも呼ぶべき特別な場所であり続けたことでしょう。ニュートン以前の時代には、天界(つまり宇宙)は地上の延長線上にあるのではなく、完璧な調和がとれた、地上とは本質的に異質な世界であると考えられていたと言われます。
そのような宇宙に先駆者として足を踏み入れた宇宙飛行士はどのような体験をしたのか。この本ではジャーナリストとして高名な立花氏が、取材とインタビューによって宇宙飛行士たちの体験を、主として内的体験の側面から生き生きと描いています。
僕は昔から宇宙に興味があり、さらに工学部の学生として人類を宇宙空間に送り込むというテクノロジーの挑戦に特に関心を持っていたので、この本を手に取りました。
本書の概要
本書は五部構成になっています。
第一部では宇宙飛行士たちが共通に経験した、外的体験としての当時の宇宙飛行の様子を紹介しています。無重力、極低温、無酸素、太陽風、…、あまりにも過酷な宇宙空間でヒトが生きるためにはあらゆるテクノロジーを駆使し何重にも保護を重ねなければなりません。地球を離れて初めて地球の保護の有難さを本当の意味で体験できるのですね。
これ以降、宇宙飛行士の各々の経験が内的体験を中心に語られます。
第二部では宇宙で神の臨在を感じ、宇宙飛行後に伝道者となったジム・アーウィン、第三部では宇宙体験について語ろうとせず、ついには精神病院に入ることになったバズ・オルドリン、第四部では国民的英雄となりのちに政界入りしたジョン・グレンと宇宙飛行後に実業家となったウォーリー・シラー、そして第五部では宇宙体験の精神的インパクトを否定する宇宙飛行士や宇宙で超能力実験をした宇宙飛行士など様々な人物が紹介されています。
また、巻末には著者と宇宙飛行士の野口聡一さんとの対談が収録されています。野口さんは高校時代に本書を読んで大きく影響を受けたそうです。
神との邂逅
月面上で神秘的な体験を語ったジム・アーウィンの言葉を引用します。
祈りに神が直接的に即座に答えてくれるのだ。祈りというより、神に何か問いかける。するとすぐに答えが返ってくる。
アーウィンは月面上で神とコミュニケーションを取ったと語っています。神との邂逅とは、有神論者にとって究極の体験でしょう。科学技術の結晶である宇宙船での旅先で、この上ない宗教体験をするというのは何か奇妙な気がしますが、それほど月の環境が特異で、非日常的で、神秘的であったということでしょうね。
まとめ
宇宙飛行士たちは宇宙飛行後、NASAに活動報告を行うそうですが、そこでは外的経験・客観的経験しか報告しないそうです。また、宇宙飛行士の多くは引退後、航空宇宙産業にとどまるため、自身の経験を告白する機会は少ないようです。こういった背景があるため、宇宙飛行士の内的経験・主観的経験を取り上げた本書は価値があるんですね。
そして、この本を読んで、2つの事柄への興味が高まりました。一つは、テクノロジーの側面から見た宇宙飛行がどのような困難をもちどうやってそれを乗り越えたのか、もう一つは有神論者の宇宙飛行士のような人はいかにして科学と宗教に折り合いをつけ、共存させているのか、ということです。