数学・物理学が恐れる最も危険な概念:『異端の数ゼロ』
『異端の数ゼロ』ハヤカワ文庫
著者:チャールズ・サイフェ
文明を揺さぶり続けてきたゼロ
ゼロがもたらす無と無限大は、人間を悩ませ文明を揺さぶり続けてしました。数学、哲学、宗教、天文学、そして物理学、あらゆる場面で恐れられ拒絶され危険視された概念ゼロを取り上げた一冊です。
本書の要約
第1章〜第4章
ゼロと人類の出会いを記します。ほとんどの古代人はゼロを知りませんでした。紀元前3000年、バビロニア人は空位を表わす目印としてゼロを使い始めましたが、幾何学と数学を結びつけたピタゴラスはゼロを必要としませんでしたし、ゼノンのパラドックスに直面したアリストテレスはゼロを拒絶しました。いうまでもなく、神を脅かすゼロはキリスト教から破門されます。
西洋で拒絶されたゼロは東洋へ向かい、ようやくインドそしてアラブ世界で数体系に取り入れられました。その後、ゼロは貿易の必要性からゼロは再び西洋を訪れ、デカルト座標の文字通り中心、そしてパスカルの気圧計の真空の中に、その居場所を見つけることになりました。
第5章〜第6章
ゼロと数学者の関わりを記します。ニュートンとライプニッツは数学規則を大胆にも破り0/0を行いましたが、その結果得られたのは奇妙なことに科学が手にした史上最も強力な道具、微積分でした。微積分はその後、ダランベールが極限操作を取り入れることによって数学としての資格を得ることになりました。射影幾何学やかの有名な連続体仮説を経て、数学者はゼロとのうまい付き合い方を知るようになりました。
第7章〜第8章
量子力学が見つけたゼロ点エネルギー、カシミール効果が裏付けた真空エネルギー、ブラックホールの特異点に鎮座するゼロと無限大、そしてビッグバンの始まりの時間ゼロ、ゼロは物理の世界にも頻繁に姿を表わすようになります。超ひも理論などの究極理論は物理学の世界でゼロを打ち破ることを期待されていますが、まだまだ時間がかかりそうです。
ウィンストン・チャーチルがニンジンであることの証明
本書の付録にはこんな面白い証明が載っています。
aとbがそれぞれ1に等しいとする。aとbは等しいから、
b*b=a*b (等式1)
aはそれ自身に等しいから、明らかに
a*a=a*a (等式2)
等式2から等式1を引くと、
a*a-b*b=a*a-a*b (等式3)
(中略)因数分解して
(a+b)*(a-b)=a*(a-b) (等式4)
ここまでは問題ない。さて、両辺を(a-b)で割ると、
a+b=a (等式5)
両辺からaを引くと、
b=0 (等式6)
ところが、この証明の冒頭でbを1としたから、等式6より
1=0 (等式7)
これは重大な結果だ。議論を進めよう。我々は、ウィンストン・チャーチルの首は1つであることを知っている。ところが、等式7より1は0に等しいので、チャーチルには首がない。同様に、チャーチルには葉っぱが生えている端っこがないので、チャーチルには葉っぱが生えている端っこが一つある。また、等式7の両辺に2をかけると、
2=0 (等式8)
チャーチルには脚が二本ある。したがって脚がない。チャーチルには腕が2本ある。したがって腕がない。等式7の両辺にチャーチルのウエスト・サイズをかけると、
つまり、チャーチルの胴は先細りになっていて、ウエストは一点である。では、ウィンストン・チャーチルは何色をしているだろう。チャーチルから出るいずれかの光線から光子を一つ選ぶ。等式7の両辺に波長をかけると、
(チャーチルの光子の波長)=0 (等式10)
等式7の両辺に640nmをかけると、
640=0 (等式11)
等式10と等式11を組み合わせると、
(チャーチルの光子の波長)=640nm
つまり、この光子はーチャーチルから発せられるどの光子もーオレンジ色だ。ウィンストン・チャーチルは明るいオレンジ色である。
まとめると、私たちは数学的に以下のことを証明した。ウィンストン・チャーチルは腕も脚もない。首の代わりに葉っぱが生えている。どうは先細りになっていて、先が一点になっている。明るいオレンジ色をしている。明らかにウィンストン・チャーチルはニンジンである。
ゼロで割るという操作を許すとこんな奇妙なことが証明できます。ゼロで割ると、数学の枠組み全体が崩壊してしまうということをわかりやすく示してくれる例ですね。
まとめ
人類が出会ってきた様々な困難の多くの背後にはゼロが潜んでいたのだと分かりました。人類とゼロの出会い、対立、共存の歴史を一気に駆け巡ることができます。