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宇宙は必然か偶然か:『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』

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『宇宙はなぜこのような宇宙なのか』講談社現代新書

著者:青木薫

 

『宇宙なぜこのような宇宙なのか』という問いにパラダイムシフトを引き起こす

目的論という怪しすぎる衣をまとい、科学者たちに拒絶された人間原理の問題は、多宇宙ヴィジョンの登場によって変質し、注目に値するものになりました。人間原理との関係の中で宇宙の在り方の謎を追い、問いそのものに対して発想の転換をもたらします。

 

本書の概要

本書は6章からなります。

 

第1章:天の動きを人間はどう見てきたか

太古の昔から人間は天の動きを観察してきました。始めそれは占星術として発達し、やがて惑星の動きを説明しようと試みられます。プトレマイオスの地球中心モデルからコペルニクスの太陽中心モデルに至る過程を振り返ります。

 

第2章:天の全体像を人間はどう考えてきたか

ニュートンの無限宇宙のイメージを捨て、アインシュタインはリーマン幾何学を用いた一般相対性理論をもとに宇宙の全体像の謎についての一つの答えを与えました。その後、ビッグバン理論が代表する変化する宇宙像と変化しない宇宙像との間で論争が巻き起こります。

 

第3章:宇宙はなぜこのような宇宙なのか

1974年、ブランドン・カーターは「コインシデンス」(諸々の物理定数がなぜこのような値になっているのか)の説明のために2つの人間原理を提唱します。このうち時間に関する弱い人間原理は、現在では観測選択効果で説明でき否定されていますが、宇宙の在り方に関する強い人間原理の方は、話は簡単ではありません。

 

第4章:宇宙はわれわれの宇宙だけではない

ビッグバンが抱える問題を解決する理論としてインフレーション理論が提唱されました。このインフレーションの多宇宙ヴィジョンによって、われわれの宇宙が無数にある泡宇宙の一つだと考えると、強い人間原理の方も、観測選択効果で説明できることになります。

 

第5章:人間原理のひもランドスケープ

ひも理論は、素粒子の標準モデルが説明できない問題を解決できる「究極の理論」の候補として期待されていますが、ひも理論は宇宙にはほとんど無限大(10の50乗通り以上)の在り方があることを予想します。これは、観測選択効果を適用するのに好都合です。

 

終章:グレーの階調の中の科学

人間原理をめぐる問題は大きく変質しました。「目的論を受け入れるかどうか」ではなく「多宇宙ヴィジョンは科学なのか」が問われています。

 

人間原理とは

カーターは「強い人間原理」について次のように語りました。

 

宇宙は(それ故宇宙の性質を決めている物理定数は)、ある時点で観測者を創造することを見込むような性質を持っていなければならない。デカルトをもじって言えば、「我思う、故に世界はかくの如く存在する」のである。

 

ちなみに、観測選択効果とは

 

観測選択効果(かんそくせんたくこうか、observation selection effects)とは、科学哲学の世界で使われる言葉で、何らかの現象の観察が行われる際に、観察者の性質や能力によって、観測される対象の層に偏りが生まれてしまう現象のことを言う。例えば地震の強さと回数についてのデータを取る場合、計測器の精度が悪ければ微弱な地震は少なく見積もられ、逆に強い地震の占める割合は相対的に大きく見積もられてしまう。人間原理について議論するさいによく参照される概念。

 出典:Wikipedia

 

強い人間原理の主張それ自身は、目的論を含んでおりとても科学的とは言えない主張です。しかし、カーターは「世界アンサンブル」(物理定数の値や宇宙の初期条件が異なる様々な宇宙の集合)なるものを考え、世界アンサンブルが実在するならば、強い人間原理も観測選択効果で説明できる、ということを述べたそうです。

 

宇宙の在り方について、3通りの考え方を想定できるということのようです。一つ目は、強い人間原理を受け入れること(ただし宇宙の創造者が必要になります)。二つ目は、ただ一つ存在する宇宙が偶然にも、人間のような宇宙の謎に想いを馳せるに足るほど高度に複雑なシステムを生み出しうる物理法則と初期条件を持った形で存在していると考えること。そして三つ目は、事実上無限の数の宇宙が存在し、そのうち少なくとも一つが前述したような宇宙で、人間がその宇宙に住んでいることには理由はないと考えることです。 

まとめ

この本を読む前には、僕は「究極の理論を完成させれば、宇宙がなぜこのような宇宙であるのか解明できる。」と漠然と思っていましたが、多宇宙ヴィジョンを受け入れると、そこには理由も原因もなく「たまたま」そうであるに過ぎない可能性が高いのだと思うようになりました。大きな思想の転換をもたらしてくれた一冊でした。