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不可能と可能の境界を探る:『サイエンス・インポッシブル』

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『サイエンス・インポッシブル』NHK出版

著者:ミチオ・カク

 

現代物理学界代表する博士がSF世界は実現可能かを検証

タイムトラベル、テレポーテーション、超光速航行、…。『スター・トレック』や『透明人間』などのSF作品に登場する夢のテクノロジーが実現可能なのかをミチオ・カク博士がその非常に幅広く創造的な想像力で検証します。加えられる考察は、現代の最先端の物理学に基づいていることはもちろん、その領域を躊躇なく踏み越えて未知の物理学の立場からもなされています。博士はその聡明な頭脳で不可能と可能の境界線を見定めます。

 

本書の概要

不可能レベルⅠ

:現時点では不可能だが、既知の物理法則には反していないテクノロジーで、今世紀中に可能になるか、あるいは来世紀にいくらか形を変えて可能になるかもしれないもの

1.フォース・フィールド(シールド)

フォース・フィールドは『スター・トレック』のエンタープライズ号を敵の攻撃から守る目に見えないバリアです。現在の技術でこれを完全に実現することはできませんが、プラズマを電場や磁場で成形したプラズマウィンドウ、通るものを熱で蒸発させる高エネルギーレーザー光線のカーテン、透明でありながら鋼鉄より強靭なカーボンナノチューブの格子を組み合わせた多層シールドに光色性を付与できれば、粒子ビーム・大砲・レーザー光線を通さないシールドができます。

2.不可視化

ハリー・ポッター』でハリーは姿を見えなくできる透明マントを纏って深夜の校内を徘徊します。古くからのフィクションに登場するような三次元の不可視化は今のところ不可能ですが、内部で屈折率を連続的に変化させ光路を迂回させることで不可視となる「メタマテリアル」は、マイクロ波に対しては不可視化を実現しています。これを可視光及び三次元へと拡張できれば不可視化を実現できます。三次元ホログラムも有望な技術です。

3.フェイザーデス・スター

スター・トレック』のフェイザー(光線銃)や『スターウォーズ』のライトセーバーのようなレーザー兵器の実現を阻むのは、高エネルギーの携帯式動力装置が存在しないことです。

惑星を破壊できる月サイズの巨大兵器であるデス・スターのようなものを作るためには、核爆発や核融合のエネルギーをX線レーザーに集約する方法が考えられます。また、出来かけの巨大ブラックホールのようなものである「ガンマ線バースター」を操作し標的にジェットを向けるという方法もありますが、これは不可能レベルⅡに属するテクノロジーです。

4.テレポーテーション

量子テレポーテーションの技術で、光子・セシウム原子等のテレポーテーションに成功しています。また、量子的絡み合いを必要としないテレポーテーションの方式も提案されています。複雑な分子やウイルス・細胞のテレポーテーションは不可能レベルⅠ、人間などのテレポーテーションは不可能レベルⅡです。

このほか、テレパシー、念力、人工知能、地球外生命体とUFO、スターシップ、反宇宙と反物質についてその可能性を探ります。

 
不可能レベルⅡ

:物理世界に対する我々の理解の辺縁にかろうじて位置するようなテクノロジーで、仮に可能だとしても、実現するのは数千年から数百万年先のことかもしれないもの

11.光より速く

超光速航行によるワープはSFの定番です。一般相対性理論が存在を許す、空間を引き延ばす「アルクビエレ・ドライブ」や空間を引き裂く「ワームホール」は超光速を実現する可能性がありますが、莫大な量の負の質量や負のエネルギーが必要になります。我々がそれほどのエネルギーを扱うことができるようになるには数千年以上必要になるでしょうが、どちらもその存在を否定する物理法則はありません。

12.タイムトラベル

高速で移動することで未来へのタイムトラベルは可能で、実際に高速で地球を周回する人工衛星は未来へ"タイムトラベル"し続けていています。アインシュタインの方程式が何種類ものタイムマシンの可能性を許すことから、SFの領域にあった過去へのタイムトラベルが物理の領域へ引きずり出されました。過去へのタイムトラベルを禁じる物理法則はなく、幾つか考えられている方法の一つにワームホールを利用するものがあります。

13.並行宇宙

3種類の並行宇宙が議論されています。

①超空間、あるいは高次元:超弦理論は10次元の存在を必要とします。

マルチバース:物理定数が異なる無数の宇宙が存在しているという説です。

量子論的な並行宇宙: 量子力学の解釈問題から考えられる並行宇宙です。

 
不可能レベルⅢ

:既知の物理法則に反するテクノロジーで、もし可能であれば物理学に対する我々の理解が根本的に変わることになるもの

14.永久機関

永久機関は熱力学三法則に反します。永久機関が実現可能ならば熱力学三法則がまちがっていることになりますが、熱力学三法則は「系が対称性を持つならば結果的にそれは保存則となる」というネーターの定理に基づくものなので、その否定には現代の基礎物理学についての宇宙スケールでの理解を根本的に変えなければなりません。

15.予知能力

原因は結果に先行するという因果律は、ニュートン力学でも量子力学でも破ることは許されません。永久機関同様、予知能力もそれが存在するならば現代物理の見直しが必要になります。

 

宇宙はたった一つの電子である?

予知能力の可能性の検討の中で、時間を遡る電子について説明がなされます。僕はこのアイディアが本書の中で最も突飛で最も不可能であるように感じられたので取り上げます。

あらゆる粒子に反粒子が存在していることが知られています。電子も例外ではなく、反電子というものが存在しています。反電子は質量やスピンは電子と同じで電荷の符号が逆である粒子です。この電子と反電子が衝突すると対消滅を起こしてガンマ線が生じます。

大学院生だったリチャード・ファインマンディラック方程式で時間の方向を逆にしても、電子の電荷の符号を逆にすれば方程式は変わらないことに気づきます。すなわち、反電子は、時間を逆行する電子であると考えることができることに気がつきました。この見解で電子と反電子の対消滅を考えると、時間を順行していた電子がガンマ線を放出してUターンし、時間を逆行していると考えることができます。

そしてこの考え方を推し進めると、「この宇宙全体が、時間の中をジグザグに行き来するたった一つの電子からなるかもしれない」という結論にたどり着くことができます。ビッグバンの混沌の中で作られたたった一つの電子が、何兆年ものちに世界の終わりの大変動に遭遇しますが、そこでUターンして時間を遡りその過程でガンマ線を放出、そしてまたビッグバンの時まで戻り、再びUターンしてガンマ線を放出、この往復が何度も繰り返されているだけであり、21世紀の宇宙は、この電子の旅を時間的に切った断面にすぎないということです。この理論は、物理学において個々の電子を区別できないという不思議な事実を説明してくれます。

 

まとめ

「何が可能で何が不可能であるか」を根拠をもって語るには、科学のあらゆる分野に精通し、かつ卓越した想像力を有する必要があります。そういう意味でこのテーマを語るのに、ミチオ・カク氏は最高の人物だと思います。理論的に、情熱的に、そして何より楽観的に未来を語る筆致は、博士の特別講義を聞いているような臨場感を読者に与えてくれます。