The Room of Requirement

必要な人が必要な時に必要なことを

我々は失敗作である:『人体 失敗の進化史』

f:id:my299792458:20170803000738j:plain

『人体 失敗の進化史』光文社新書

著者:遠藤秀紀

 

人体の設計図はその場凌ぎの設計変更の塊である

獣医学博士の著者が、心臓や骨、耳、臍、四肢などといった人体の各部分がどのような来歴を持つのかを紹介しながら、進化とはその場凌ぎの突飛な設計変更の数億年規模での蓄積であることを示します。現代人が悩まされる腰痛や肩こりの進化史的な原因も説明されます。筆者の語りがとても上手で、生物の進化を追いかける数億年の時間を駆け巡る旅へと読者を引き込んでくれるようです。

 

本書の概要

第1章 身体の設計図

太鼓の哺乳類は腕を胴体に接続する骨として肩甲骨と烏口骨を持っていましたが、鳥類は烏口骨を発達させ肩甲骨を退化させたのに対し、哺乳類は肩甲骨を発達させ烏口骨を消滅させました。

心臓の原型はナメクジウオという原始生物まで遡り、血管壁の広い範囲に心臓の筋肉の細胞がバラバラに分布するという形であり、さらに遡ればホヤの体内でパクパクと動いて体液を行き先を定めずに循環させる細胞でした。

機械の設計では人間の目的に合わせて白紙から設計されるのに対して、生物は祖先の設計図を借りてきて変更を加えるという形でしか設計を行えないのです。

第2章 設計変更の繰り返し

最後に出来上がる形の役割と、その形を生み出した時点での機能が明確に異なっている場合、全適応と呼びます。

身体の支持、運動の起点、外界からの防御といった役割を果たす骨は、原始的な魚が生み出した、海中でリン酸カルシウムを体内に蓄積するシステムが原型となっています。

槌・砧・鐙からなる耳小骨は、鼓膜の振動をテコの原理で増幅し内耳に伝えますが、これは顎関節の一部を元として作られました。また、顎は鰓を元に作られたと考えられています。

陸上での移動に不可欠な手足は、海中での自由な移動を目的とした肉厚の鰓が発達したものです。

臍は胎生の動物だけでなく鳥類や爬虫類にもあります。臍はもともと卵の中で卵黄と胎児を結びつけるものでしたが、卵生から胎生に移行した生物が、胎児と母親の胎盤を結びつけるものに改良しました。

鰓呼吸をしていた魚が浮き袋を応用して肺を作り出し、それに伴って肺に全ての血流を送り込むために心臓が右心と左心を持つ構造に変化しました。

鳥は空を飛ぶために、肩から先の骨を伸ばし、皮膚の一部を羽毛に変え、骨の内部を空洞化し、ヒトの肋骨下から尻までの骨に当たる骨を全て一つにまとめ軽量化を測りました。

第3章 前代未聞の改造品

ヒトは二足歩行のために、足の平にアーチ構造を持たせて二箇所で体重を支え、強靭なアキレス腱を用意して地面を強く蹴ります。重力がかかる方向が90度変わった内臓を支えるために骨盤は幅広くなり、また四足歩行の時とは動かし方が大きく変わった後脚を動かすために尻が大きく発達しました。

ヒトの指は親指と他の4本の指が向かい合っている、いわゆる母指対向性を持っており、これが驚異的に器用な手を実現しました。

ヒトの脳の桁外れの大きさは道具の使用や製作といった手先の作業によって加速度的に実現されました。

第4章 行き詰まった失敗作

ヒトは上体を垂直にして二足歩行を始めたために、心臓に大きな負担をかけることになりました。血管が上下に走るため、手足の先の動脈では高血圧、頭では低血圧になり、様々な姿勢で様々な動作を滞りなく行うために心臓と血管を制御するシステムが必要になります。冷え性の原因はここにあります。

水平に保たれていた背骨を垂直に立てたために、椎間板が圧力で押し出され神経を刺激する椎間板ヘルニアも二足歩行の弊害です。

 

最大の失敗作

ヒトに知性を与え、高度な文明を築いくに至らしめたのは脳で、他の動物と比べた時の我々のアイデンティティは脳にあると言えるでしょう。しかし、筆者は、自身を破滅へ導きうる核開発や地球環境の不可逆的な破壊を指摘した上で、逆説的に、次のように語ります。

 

たかが500万年で、ここまで自分たちが暮らす土台を揺るがせた“乱暴者”は、やはりヒト科ただ一群である。何千万年、何億年と生き続ける生物群がいる中で、人類が短期間に見せた賢いが故の愚かさは、このグループが動物としては明らかな失敗作であることを意味していると言えるだろう。

ヒト科全体を批判するのがためらわれるとしても、明らかにホモ・サピエンスは成功したとは思われない。この二足歩行の動物は、どちらかといえば、化け物の類だ。50キロの身体に1400ccの脳を繋げてしまった悲しいモンスターなのである。

 

 

そして筆者はヒトのこれからの設計変更の未来について、次の設計変更がこれ以上なされないうちに、人類は終焉を迎えるという哀しい未来予測を立てます。

 

まとめ

ヒトの設計の最大の失敗は脳であるという筆者の指摘に驚きましたが、深く納得させられました。終焉へと突き進む人類が繁栄の未来へと軌道を修正するために残されたできることは、設計図の変更ではなく、人類自身が自らの行動を変えることであるようです。