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ペンは剣よりも強し:『世界を変えた10冊の本』

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『世界を変えた10冊の本』文春文庫

著者:池上彰

 

池上先生が選ぶ、世界を変えた本

1冊の本は、そしてそこに記された思想は、時に何万人もの人々に影響を与え、世界の歴史を動かすことがあります。本書では池上彰氏が「世界を変えた」と思う10冊の本を厳選し紹介しています。

 

本書の概要

第1章 アンネの日記

初版1947年 アンネフランク

アンネの日記』を読んだ人たちは、ユダヤ人であることが理由で未来を絶たれた少女アンネの運命に涙します。イスラエルが今も存続し、中東に確固たる地歩を築いているのは、『アンネの日記』という存在があるからだ、と著者は考えます。

アンネの父オットーは強制収容所から生還し、日記の中に描写される母親との葛藤や性的表現などを削除した版を作成し、1947年に出版しました。これが各国語に翻訳されて正解中に広がりました。その後1986年になってアンネのオリジナルの日記が出版されました。

オリジナルの日記には、当時の同級生に関する強烈な描写や母親に対する強い反抗心、性の目覚め、同じ部屋で隠れていたペーターへの恋心、そして一人のユダヤ人としての自覚などが記され、可憐でか弱い少女ではなく、強きユダヤ人女性としてのアンネ・フランクの姿が浮かび上がります。

第2章 聖書

全世界に22億人以上の信者を持つキリスト教聖典『聖書』は世界で最も読まれた本として知られます。『聖書』にはヘブライ語で書かれた『旧約聖書』とギリシャ語で書かれた『新約聖書』の2種類があり、前者はキリスト教ユダヤ教聖典、後者がキリスト教聖典です。

旧約聖書』は全39巻からなり4部に大別されます。天地創造やアダムとイヴの物語に代表される「創世記」を含む通称「モーセ五書」と文学書、歴史書、それに預言書です。

新約聖書』は全27巻からなり、5部に大別されます。「マタイによる福音書」など4つの福音書、「使徒言行録」、「パウロの手紙」、公開書簡、それに「ヨハネの目次録」です。新約聖書にはマリアの処女懐胎やイエスが行なった数々の奇跡、イエスの復活など一般の常識が通用しないことが多数出てきます。

第3章 コーラン

預言者とは神が人々を救うために神の言葉を伝えた人物であり、イスラーム教徒にとって『旧約聖書』に登場するモーセも「ノアの箱舟」のノアもイエスも皆預言者ですが、ムハンマドが最後の預言者であり、神が預言者ムハンマドに語りかけた言葉をそのまま記した『コーラン』の教えを守れば天国にいけると信じています。『コーラン』は神の言葉を天使ガブリエルがアラビア語に翻訳しムハンマドに聞かせた言葉を書物としてまとめたものですから、神に選ばれた言葉であるアラビア語で読むべきであり、アラビア語以外の言葉に訳すことはできないとされています。

コーラン』には、1日5回の礼拝や偶像崇拝の禁止、年に1回1ヶ月間の断食、豚肉や酒の摂取の禁止などイスラーム教徒が守るべき決まりが記されています。

第4章 プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神

1904,1905年発表 マックス・ウェーバー

社会科学の分野では『プロ倫』と称される本書の内容は2部構成になっていて、第1章の「問題提起」では、当時のヨーロッパの資本主義経済の最先端をリードする人たちにプロテスタントが多いことを指摘します。その上で第2章の「禁欲的プロテスタンティズムの職業倫理」では、厳しい禁欲を守っていたプロテスタントこそが、職業倫理を守ることで、資本主義経済で成功していった道筋を分析しています。

プロテスタントの人々は、カルヴァンが説いた「予定説」に従って、自らの「救いの確証」を得るために怠惰な生活を捨て禁欲的に仕事に励みます。このプロテスタンティズムの倫理が、「正当な利潤を組織的かつ合理的に、職業として追い求めようとする心構え」という資本主義の精神と合致して、資本主義的な企業を推進する原動力として働いたと分析しています。

第5章 資本論

初版1867年 カール・マルクス

マルクスは資本主義がなぜ非人間的な経済体制になるのかを説き、マルクスの理論はロシア革命を引き起こし、社会主義体制を採用する国が増えました。

マルクスは『資本論』の中で以下のように論じます。資本主義が発展すると、大規模な工場が作られ、労働者たちは組織的な行動を通じて鍛えられ団結し、資本家を打倒するだけの能力が鍛えらます。その結果、労働者たちは革命を起こして資本主義は崩壊に至ります。

マルクスが描き出した資本主義の最期はここまでで、資本主義が崩壊した後、経済はどうなるかについての言及はありません。そしてマルクスが予想した資本主義の最期は、リーマン・ショック後の日本の状況とよく似ています。資本主義の欠陥を知る上で『資本論』は役に立ちます。

第6章 イスラーム原理主義の「道しるべ」

初版1964年 サイイド・クトゥブ

クトゥブは、イスラームこそが人類の健全な発展と進歩に欠かせない価値観を保有していて、その理想が失われてしまったために世界は堕落していると主張し、イスラームの理想に帰りイスラームの原初を思い起こすことが必要だと論じます。イスラーム社会以外の社会はもちろんのこと、今のイスラーム社会も「無明社会」であるとし、人間の主権を神に預け、「皆がアッラーの教えだけに従ってアッラーにのみ服従する」社会を目指します。

クトゥブの思想はオサマ・ビンラディンをはじめとする過激派の教本となり、現在も世界を動かし続けています。

第7章 沈黙の春

初版1962年 レイチェル・カーソン

当時、農薬として使用されていた化学物質、特にDDTの危険性を訴えました。自然にばらまかれた化学物質は食物連鎖を通じて生物の体内に蓄積され、動物や人間にとって脅威となること示し、弱い効き目の農薬を必要最低限使い方法を考えるべきであると提案します。

沈黙の春』の出版以降、DDTの被害が世界中に広がっていることが分かり、出版の10年後にあたる1972年にアメリカ政府はDDTの使用を禁止しました。

第8章 種の起源

初版1859年 チャールズ・ダーウィン

ダーウィンイギリス海軍の測量船ビーグル号で訪れたガラパゴス諸島での5週間の滞在中に行った多様な生物の観察を元に、生物は自然淘汰によって進化したという仮説を導き出しました。『旧約聖書』は、生物は神によって創造されたものとしているので、ダーウィンの理論は激しい論争を引き起こしました。

20世紀になり、遺伝子の存在が明らかになるにつれ、ダーウィン理論の正しさが広く認められるようになりました。

第9章 雇用、利子、貨幣の一般理論

初版1936年 ジョン・M・ケインズ

1929年の世界恐慌当時、イギリス政府は景気が悪化して税収が減ったのに合わせて支出を減らす均衡財政政策を維持しました。ケインズは当時の主流派の経済学の「自由放任が正しい」という思想を時代遅れだとして批判し、不況時には政府による積極的な財政政策が必要であると主張しました。

経済効果が投資に対する掛け算の和として表されるという「乗数効果」や、高所得者に高い税率をかけて消費性向を高める「累進課税制度」、中央銀行金利を上げ下げすることで景気対策を行うことなど、現在でも用いられる概念をケインズは確立しました。

第10章 資本主義と自由

初版1962年 ミルトン・フリードマン

フリードマンは政府の仕事を極力少なくし、個人の自由に最大の価値を見出す自由市場主義(リバタリアニズム)を打ちたてました。通貨量を増減させることで景気対策を行うことを提言し、各国の通貨の交換比率を市場原理に任せる「変動相場制」を提唱しました。このほか、学校選択の自由を認め市場原理によって教育の質の向上を図る「教育バウチャー」制度を提案したり、高所得へのモチベーションを損なう累進課税ではなく一律税率を主張したりと、経済学の常識を覆す理論を打ち立てた功績が認められ、1976年にノーベル経済学賞を受賞しました。

 

まとめ

宗教に関わる本が4冊、経済に関する本が4冊、科学に関する本が2冊紹介されました。これら10冊の本はその分野学ぶには読んでいることが前提とされるような本であるようなので、その多くは難解なものであると思われるものの、解説書などを参考にしながら読んでみたいと思いました。