The Room of Requirement

必要な人が必要な時に必要なことを

‘古典的’自己啓発本:『知的生活の方法』

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『知的生活の方法』講談社現代新書

著者:渡部昇一

 

知的生活の方法を伝授

今年4月に亡くなった英語学者の著者が知的生活の方法、とりわけ読書を中心とした生活の方法について、自身の体験をもとに様々な考察を行います。

 

本書の概要

1 自分をごまかさない精神

ごまかしたりズルをしたり、そこまでいかなくてもよく分からないのにわかったふりをすることは上達を妨げます。「知的正直(intellectual honesty)」が進歩には不可欠となります。著者は高校時代に漱石の『草枕』を読んだ時には面白さを感じられませんでしたが、大学三年の夏に再度漱石を読んでみると心底面白いと感じたそうで、その時の感覚を「知的オルガスムス」と表現します。その後、米文学『マジョリー・モーニングスター』を読んだ時にも同様の体験をしたと語ります。本を読んだ時、知的オルガスムスを感じない場合にはその不全感をごまかさず、自分に忠実であるよう心がけているそうです。

2 古典をつくる

古典は、国民の間での時間をかけた繰り返しの中で忘れ去られることなく読まれたり上演されたりし続けたものです。これと同様のプロセスを経て、「私の古典」というべきものが成立します。すなわち、なんども同じ本を読んでいく中で、それに繰り返しに耐える本や作者に巡り会えば、それは自分だけの古典と言えるということです。ちなみに著者の古典は『半七捕物帳』だそうです。

3 本を買う意味

身銭を切って本を買うことは判断力を確実に向上させる良い方法になります。また、いつか読んだ本をふと読みたくなった時にその本が手元にあるということはとても大切なことです。この繰り返し読むという行為が記憶の定着を助けます。

著者は読んだ本の興味を引いたことをカードに書き留めるカード・システムを推奨しません。カードに書き留めることには非常な精神的努力とエネルギーと時間が必要で、さらにはカードを取ることが億劫で読書ができなくなるなどの危険があるからです。代わりに、本を買って線を引いたり書き込んだりすることを勧めます。

4 知的空間と情報整理

受動的知的生活、すなわち本を読み、考え、友人と話し合う生活においてはそれほど多くの蔵書は必要ではありません。しかし、能動的知的生活、すなわち半や論文を書いたりマスメディアに意見を発表したりする生活には多くの蔵書とそれを保管する空間が必要不可欠です。蔵書の量が能動的生活の生産の速度を決定づけるのです。

著者は都心の狭い住空間の中で蔵書を保する空間をやりくりする方法を紹介します。能動的知的生活に理想的な住居の設計図も提案されています。

5 知的生活と時間

誰にも等しく与えられた24時間の中で知的生活を送るためには時間を無駄にすることに無頓着ではいけません。時間を無駄にするという意味で、避けるべきは友達と一晩飲み明かすとかヘボ将棋を指すとかいうことよりもむしろ、完璧を求めるあまり雄大な計画の細部に際限なく拘泥することやギリシャ語やラテン語を習得しようと膨大な時間とエネルギーを費やすことの方が大いに危険だと主張します。

カントやゲーテは夜明け前に起床し、午前から知的生活を送っていたといいます。著者も大学時代は彼らに倣って朝型の生活を送っていたそうですが、自分が低血圧で夜型の生活に向いていると思ってからは夜型の生活にシフトしたそうです。

6 知的生活の形而下学

専門外の人たちとの交際を楽しむこと、栄養面や量の面で適切な食事をとること、散歩で気分転換を図ること、お互いの知的生活を尊重しあえるような配偶者を見つけることなど、形而下学的な事柄に対するアドバイスを提供します。

 

まとめ

外山滋比古氏の「思考の整理学」と似たスタイルで読者に知的生活のためのヒント・アドバイスを与えてくれます。当然ながら両者の言葉に共通することがありますが、相違点もあり、例えば渡部氏は本書で自分が夜型の生活を送っていることを告白しますが、外山氏は朝食前に仕事に取り掛かるという朝型の生活を20年以上続けていると語っていました。

ペンは剣よりも強し:『世界を変えた10冊の本』

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『世界を変えた10冊の本』文春文庫

著者:池上彰

 

池上先生が選ぶ、世界を変えた本

1冊の本は、そしてそこに記された思想は、時に何万人もの人々に影響を与え、世界の歴史を動かすことがあります。本書では池上彰氏が「世界を変えた」と思う10冊の本を厳選し紹介しています。

 

本書の概要

第1章 アンネの日記

初版1947年 アンネフランク

アンネの日記』を読んだ人たちは、ユダヤ人であることが理由で未来を絶たれた少女アンネの運命に涙します。イスラエルが今も存続し、中東に確固たる地歩を築いているのは、『アンネの日記』という存在があるからだ、と著者は考えます。

アンネの父オットーは強制収容所から生還し、日記の中に描写される母親との葛藤や性的表現などを削除した版を作成し、1947年に出版しました。これが各国語に翻訳されて正解中に広がりました。その後1986年になってアンネのオリジナルの日記が出版されました。

オリジナルの日記には、当時の同級生に関する強烈な描写や母親に対する強い反抗心、性の目覚め、同じ部屋で隠れていたペーターへの恋心、そして一人のユダヤ人としての自覚などが記され、可憐でか弱い少女ではなく、強きユダヤ人女性としてのアンネ・フランクの姿が浮かび上がります。

第2章 聖書

全世界に22億人以上の信者を持つキリスト教聖典『聖書』は世界で最も読まれた本として知られます。『聖書』にはヘブライ語で書かれた『旧約聖書』とギリシャ語で書かれた『新約聖書』の2種類があり、前者はキリスト教ユダヤ教聖典、後者がキリスト教聖典です。

旧約聖書』は全39巻からなり4部に大別されます。天地創造やアダムとイヴの物語に代表される「創世記」を含む通称「モーセ五書」と文学書、歴史書、それに預言書です。

新約聖書』は全27巻からなり、5部に大別されます。「マタイによる福音書」など4つの福音書、「使徒言行録」、「パウロの手紙」、公開書簡、それに「ヨハネの目次録」です。新約聖書にはマリアの処女懐胎やイエスが行なった数々の奇跡、イエスの復活など一般の常識が通用しないことが多数出てきます。

第3章 コーラン

預言者とは神が人々を救うために神の言葉を伝えた人物であり、イスラーム教徒にとって『旧約聖書』に登場するモーセも「ノアの箱舟」のノアもイエスも皆預言者ですが、ムハンマドが最後の預言者であり、神が預言者ムハンマドに語りかけた言葉をそのまま記した『コーラン』の教えを守れば天国にいけると信じています。『コーラン』は神の言葉を天使ガブリエルがアラビア語に翻訳しムハンマドに聞かせた言葉を書物としてまとめたものですから、神に選ばれた言葉であるアラビア語で読むべきであり、アラビア語以外の言葉に訳すことはできないとされています。

コーラン』には、1日5回の礼拝や偶像崇拝の禁止、年に1回1ヶ月間の断食、豚肉や酒の摂取の禁止などイスラーム教徒が守るべき決まりが記されています。

第4章 プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神

1904,1905年発表 マックス・ウェーバー

社会科学の分野では『プロ倫』と称される本書の内容は2部構成になっていて、第1章の「問題提起」では、当時のヨーロッパの資本主義経済の最先端をリードする人たちにプロテスタントが多いことを指摘します。その上で第2章の「禁欲的プロテスタンティズムの職業倫理」では、厳しい禁欲を守っていたプロテスタントこそが、職業倫理を守ることで、資本主義経済で成功していった道筋を分析しています。

プロテスタントの人々は、カルヴァンが説いた「予定説」に従って、自らの「救いの確証」を得るために怠惰な生活を捨て禁欲的に仕事に励みます。このプロテスタンティズムの倫理が、「正当な利潤を組織的かつ合理的に、職業として追い求めようとする心構え」という資本主義の精神と合致して、資本主義的な企業を推進する原動力として働いたと分析しています。

第5章 資本論

初版1867年 カール・マルクス

マルクスは資本主義がなぜ非人間的な経済体制になるのかを説き、マルクスの理論はロシア革命を引き起こし、社会主義体制を採用する国が増えました。

マルクスは『資本論』の中で以下のように論じます。資本主義が発展すると、大規模な工場が作られ、労働者たちは組織的な行動を通じて鍛えられ団結し、資本家を打倒するだけの能力が鍛えらます。その結果、労働者たちは革命を起こして資本主義は崩壊に至ります。

マルクスが描き出した資本主義の最期はここまでで、資本主義が崩壊した後、経済はどうなるかについての言及はありません。そしてマルクスが予想した資本主義の最期は、リーマン・ショック後の日本の状況とよく似ています。資本主義の欠陥を知る上で『資本論』は役に立ちます。

第6章 イスラーム原理主義の「道しるべ」

初版1964年 サイイド・クトゥブ

クトゥブは、イスラームこそが人類の健全な発展と進歩に欠かせない価値観を保有していて、その理想が失われてしまったために世界は堕落していると主張し、イスラームの理想に帰りイスラームの原初を思い起こすことが必要だと論じます。イスラーム社会以外の社会はもちろんのこと、今のイスラーム社会も「無明社会」であるとし、人間の主権を神に預け、「皆がアッラーの教えだけに従ってアッラーにのみ服従する」社会を目指します。

クトゥブの思想はオサマ・ビンラディンをはじめとする過激派の教本となり、現在も世界を動かし続けています。

第7章 沈黙の春

初版1962年 レイチェル・カーソン

当時、農薬として使用されていた化学物質、特にDDTの危険性を訴えました。自然にばらまかれた化学物質は食物連鎖を通じて生物の体内に蓄積され、動物や人間にとって脅威となること示し、弱い効き目の農薬を必要最低限使い方法を考えるべきであると提案します。

沈黙の春』の出版以降、DDTの被害が世界中に広がっていることが分かり、出版の10年後にあたる1972年にアメリカ政府はDDTの使用を禁止しました。

第8章 種の起源

初版1859年 チャールズ・ダーウィン

ダーウィンイギリス海軍の測量船ビーグル号で訪れたガラパゴス諸島での5週間の滞在中に行った多様な生物の観察を元に、生物は自然淘汰によって進化したという仮説を導き出しました。『旧約聖書』は、生物は神によって創造されたものとしているので、ダーウィンの理論は激しい論争を引き起こしました。

20世紀になり、遺伝子の存在が明らかになるにつれ、ダーウィン理論の正しさが広く認められるようになりました。

第9章 雇用、利子、貨幣の一般理論

初版1936年 ジョン・M・ケインズ

1929年の世界恐慌当時、イギリス政府は景気が悪化して税収が減ったのに合わせて支出を減らす均衡財政政策を維持しました。ケインズは当時の主流派の経済学の「自由放任が正しい」という思想を時代遅れだとして批判し、不況時には政府による積極的な財政政策が必要であると主張しました。

経済効果が投資に対する掛け算の和として表されるという「乗数効果」や、高所得者に高い税率をかけて消費性向を高める「累進課税制度」、中央銀行金利を上げ下げすることで景気対策を行うことなど、現在でも用いられる概念をケインズは確立しました。

第10章 資本主義と自由

初版1962年 ミルトン・フリードマン

フリードマンは政府の仕事を極力少なくし、個人の自由に最大の価値を見出す自由市場主義(リバタリアニズム)を打ちたてました。通貨量を増減させることで景気対策を行うことを提言し、各国の通貨の交換比率を市場原理に任せる「変動相場制」を提唱しました。このほか、学校選択の自由を認め市場原理によって教育の質の向上を図る「教育バウチャー」制度を提案したり、高所得へのモチベーションを損なう累進課税ではなく一律税率を主張したりと、経済学の常識を覆す理論を打ち立てた功績が認められ、1976年にノーベル経済学賞を受賞しました。

 

まとめ

宗教に関わる本が4冊、経済に関する本が4冊、科学に関する本が2冊紹介されました。これら10冊の本はその分野学ぶには読んでいることが前提とされるような本であるようなので、その多くは難解なものであると思われるものの、解説書などを参考にしながら読んでみたいと思いました。

日本の宇宙探査が危ない:『はやぶさ2の真実』

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出典:JAXA

はやぶさ2の真実』講談社現代新書

著者:松浦晋也

 

日本の宇宙探査の現状を知る

2010年6月13日、7年以上にわたる宇宙の旅を終え帰還を果たしたはやぶさは日本中を熱狂させました。そのはやぶさの後継機にあたるはやぶさ2の計画は何度も計画中止の危機に瀕しながらもそれを乗り越え、現在も目的の小惑星へ向け宇宙空間を航行中です。本書では初代はやぶさはやぶさ2を題材として取り上げながら課題が山積する日本に宇宙探査の現状を紹介します。

 

本書の概要

第1章 大いなる賭けであった初代はやぶさ

アメリカの太陽系探査は、豊富な資金と高い技術力を背景に、手堅く一歩一歩計画的に進んでいくとう特徴を持ちます。サンプルリターンを行うまでに①目的の星の横を通り過ぎるだけの探査機②目的の星を周回して長期観測を行う探査機③表面への着陸を行う探査機④サンプルリターンを行う探査機、というように段階的に計画を進めていくというスタイルです。

日本はアメリカのような豊富な予算を獲得することができないため、はやぶさは上の②〜④を一気に実施するという、“虎穴にいらずんば虎子を得ず”ということができるような計画でした。

はやぶさのために、弾丸を打ち込み小惑星からサンプルを採取するサンプラホーン、サンプルを地球に送り届ける地球帰還カプセル、燃費が良いイオンエンジン、高精度の航行を可能にする光学航法の4つの技術が新たに開発されました。

はやぶさは多くの困難に遭遇しました。第一の困難は往路で太陽フレアを浴びたことによる太陽電池の劣化、第二、第三の困難は姿勢を制御するリアクションホイールの2度の故障、第四の打撃はイトカワ着陸後の燃料の漏出による推進装置の故障と45日間の通信の途絶、第五の打撃は内臓リチウムイオンバッテリーの故障、第六の打撃は復路での4基のイオンエンジンのうち3基の故障でした。これらすべての困難を乗り越え、はやぶさは全ての任務を遂行し、見事地球にイトカワのサンプルを持ち帰ることに成功しました。

第2章 宇宙大航海時代

円軌道から瞬間的な加速によって楕円軌道へ移り、2度目の瞬間的な加速によって別の円軌道に移る方法はホーマン遷移と呼ばれ、最も少ないエネルギーで軌道を移ることができることが証明されています。

はやぶさの場合、燃費が良いが推進力が小さいイオンエンジンで航行するので、瞬間的な加速ができないのでホーマン遷移は行えません。はやぶさイオンエンジンによる長時間加速とスイングバイを巧みに組み合わせたEDVEGAという軌道を使ってイトカワに向かいました。

第3章 宇宙創成の謎に迫る

アメリカやロシア、中国は月からのサンプルリターンを実施していて、火星からのサンプルリターンの構想も持っています。

大きな星の場合、星の生成の過程で構成要素の微惑星は一度熔解して表面から冷えているため、太陽系創生の頃の痕跡が残っていません。一方、小惑星の場合、熔解が起こらないため、太陽系創生の頃の痕跡を残しています。

小惑星は構成する物質により分類できます。石や岩を主体とするS型小惑星、炭素を含むC型小惑星、ニッケルや鉄を主体とするM型小惑星、有機物が含まれ、かつ水が氷の形で存在している可能性があるP型小惑星、P型小惑星と似ているが、表面が一層暗くて光を反射しにくいD型小惑星などがあり、初代はやぶさがサンプルリターンしたイトカワはS型に分類されます。

初代はやぶさの後継機であるはやぶさ2は、はやぶさの通信途絶によって開発が急がれたため、「はやぶさの同型機を、素早く作り上げて打ち上げる」という制限がつけられました。P型やD型の小惑星はやぶさ同型機の能力で往復可能な範囲内に存在しないため、1999JU3というC型小惑星に決まりました。

第4章 これがはやぶさ2

初代はやぶさはやぶさ2を比較しつつ設計の説明がなされます。

打ち上げに使用するロケットがM-VロケットからH-ⅡAロケットに変わったことで、はやぶさ2は初代はやぶさより大きくなり、重量は90kg大きくなりました。

初代はやぶさは通信に使用する電波周波数が8〜12GHzのXバンドでしたが、はやぶさ2ではXバンドト27〜40GHzのKaバンドの2つに変更されたことで、高利得アンテナの数が1基から2基に変更されました。

はやぶさ2は、重量と容積の制限から初代はやぶさには搭載できなかった故障に備えるためのバックアップ系統が充実しています。

観測機器の強化も図られています。小惑星と物体の衝突を観測することと宇宙風化を受けていなサンプルを採取することを目的として、小惑星の表面に金属の砲弾を打ち込み、小さなクレーターを作って内部の物質を露出させる「衝突装置」という装置が搭載されました。

第5章 地上の長く曲がりくねった道

予算の縮小や、アメリカとの競争、JAXA内部からの反対などにより、はやぶさ2は何度も計画中止の危機に瀕しました。それでも川口淳一郎教授を中心とする粘り強い努力の結果、はやぶさ2計画は予算のやりくりになんとか成功し、計画の実行にこぎつけました。

第6章 未知の空間へ、未踏の星へ−日本の現状と宇宙探査の未来

継続的な宇宙探査のためには、はやぶさ2の次の計画を今から進めていく必要があります。

現在、ソーラー電力セイルという新しい宇宙航行技術を用いて、木星と同じ軌道に存在するトロヤ群小惑星からのサンプルリターンが検討されています。

ソーラー電力セイルとは、薄膜太陽電池を張ったソーラーセイルを宇宙空間で広げ、太陽光の圧力から推進力を得ながら発電した電力でイオンエンジンを駆動する方法で、2010年に打ち上げられたIKAROSの実験成果に基づいています。

宇宙開発を着実に進めるアメリカは、近い将来に国際協力による月以遠の大規模な有人探査計画を打ち出すことが予想されます。その時、日本側で宇宙探査の準備を整えておくためにも、次期の宇宙基本計画には、宇宙科学とは別個に宇宙探査できちんと項目を立てて予算措置を講じることを明言しておく必要があります。

 

まとめ

初代はやぶさの奇跡的な生還の物語と、現在宇宙を航行中のはやぶさの後継機はやぶさ2の概要の紹介に加え、はやぶさ2計画が直面した計画中止の危機についても詳しく言及されていています。日本が技術立国として先進するためにも国際的な役割を果たしていくためにも宇宙探査を継続して理学的・工学的成果を得続けることが重要であり、そのためには宇宙探査に興味を持ち続け応援するという国民の後押しが必要であることがわかりました。

我々は失敗作である:『人体 失敗の進化史』

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『人体 失敗の進化史』光文社新書

著者:遠藤秀紀

 

人体の設計図はその場凌ぎの設計変更の塊である

獣医学博士の著者が、心臓や骨、耳、臍、四肢などといった人体の各部分がどのような来歴を持つのかを紹介しながら、進化とはその場凌ぎの突飛な設計変更の数億年規模での蓄積であることを示します。現代人が悩まされる腰痛や肩こりの進化史的な原因も説明されます。筆者の語りがとても上手で、生物の進化を追いかける数億年の時間を駆け巡る旅へと読者を引き込んでくれるようです。

 

本書の概要

第1章 身体の設計図

太鼓の哺乳類は腕を胴体に接続する骨として肩甲骨と烏口骨を持っていましたが、鳥類は烏口骨を発達させ肩甲骨を退化させたのに対し、哺乳類は肩甲骨を発達させ烏口骨を消滅させました。

心臓の原型はナメクジウオという原始生物まで遡り、血管壁の広い範囲に心臓の筋肉の細胞がバラバラに分布するという形であり、さらに遡ればホヤの体内でパクパクと動いて体液を行き先を定めずに循環させる細胞でした。

機械の設計では人間の目的に合わせて白紙から設計されるのに対して、生物は祖先の設計図を借りてきて変更を加えるという形でしか設計を行えないのです。

第2章 設計変更の繰り返し

最後に出来上がる形の役割と、その形を生み出した時点での機能が明確に異なっている場合、全適応と呼びます。

身体の支持、運動の起点、外界からの防御といった役割を果たす骨は、原始的な魚が生み出した、海中でリン酸カルシウムを体内に蓄積するシステムが原型となっています。

槌・砧・鐙からなる耳小骨は、鼓膜の振動をテコの原理で増幅し内耳に伝えますが、これは顎関節の一部を元として作られました。また、顎は鰓を元に作られたと考えられています。

陸上での移動に不可欠な手足は、海中での自由な移動を目的とした肉厚の鰓が発達したものです。

臍は胎生の動物だけでなく鳥類や爬虫類にもあります。臍はもともと卵の中で卵黄と胎児を結びつけるものでしたが、卵生から胎生に移行した生物が、胎児と母親の胎盤を結びつけるものに改良しました。

鰓呼吸をしていた魚が浮き袋を応用して肺を作り出し、それに伴って肺に全ての血流を送り込むために心臓が右心と左心を持つ構造に変化しました。

鳥は空を飛ぶために、肩から先の骨を伸ばし、皮膚の一部を羽毛に変え、骨の内部を空洞化し、ヒトの肋骨下から尻までの骨に当たる骨を全て一つにまとめ軽量化を測りました。

第3章 前代未聞の改造品

ヒトは二足歩行のために、足の平にアーチ構造を持たせて二箇所で体重を支え、強靭なアキレス腱を用意して地面を強く蹴ります。重力がかかる方向が90度変わった内臓を支えるために骨盤は幅広くなり、また四足歩行の時とは動かし方が大きく変わった後脚を動かすために尻が大きく発達しました。

ヒトの指は親指と他の4本の指が向かい合っている、いわゆる母指対向性を持っており、これが驚異的に器用な手を実現しました。

ヒトの脳の桁外れの大きさは道具の使用や製作といった手先の作業によって加速度的に実現されました。

第4章 行き詰まった失敗作

ヒトは上体を垂直にして二足歩行を始めたために、心臓に大きな負担をかけることになりました。血管が上下に走るため、手足の先の動脈では高血圧、頭では低血圧になり、様々な姿勢で様々な動作を滞りなく行うために心臓と血管を制御するシステムが必要になります。冷え性の原因はここにあります。

水平に保たれていた背骨を垂直に立てたために、椎間板が圧力で押し出され神経を刺激する椎間板ヘルニアも二足歩行の弊害です。

 

最大の失敗作

ヒトに知性を与え、高度な文明を築いくに至らしめたのは脳で、他の動物と比べた時の我々のアイデンティティは脳にあると言えるでしょう。しかし、筆者は、自身を破滅へ導きうる核開発や地球環境の不可逆的な破壊を指摘した上で、逆説的に、次のように語ります。

 

たかが500万年で、ここまで自分たちが暮らす土台を揺るがせた“乱暴者”は、やはりヒト科ただ一群である。何千万年、何億年と生き続ける生物群がいる中で、人類が短期間に見せた賢いが故の愚かさは、このグループが動物としては明らかな失敗作であることを意味していると言えるだろう。

ヒト科全体を批判するのがためらわれるとしても、明らかにホモ・サピエンスは成功したとは思われない。この二足歩行の動物は、どちらかといえば、化け物の類だ。50キロの身体に1400ccの脳を繋げてしまった悲しいモンスターなのである。

 

 

そして筆者はヒトのこれからの設計変更の未来について、次の設計変更がこれ以上なされないうちに、人類は終焉を迎えるという哀しい未来予測を立てます。

 

まとめ

ヒトの設計の最大の失敗は脳であるという筆者の指摘に驚きましたが、深く納得させられました。終焉へと突き進む人類が繁栄の未来へと軌道を修正するために残されたできることは、設計図の変更ではなく、人類自身が自らの行動を変えることであるようです。

 

真理を追究する6人の偉人:『知の逆転』

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『知の逆転』NHK出版新書

著者:ジャレド・ダイアモンドノーム・チョムスキーオリバー・サックスマービン・ミンスキー、トム・レイトン、ジェームズ・ワトソン

 

どこまでも真実を追い求める巨人たち

生物学、言語学、神経学、コンピュータ科学、応用数学分子生物学の各分野の代表者として、専門分野にとどまらない分野横断の知性を駆使し、人類の先頭を切って真実に向かって走り続けている6人の巨人たちが吉成氏のインタビューに答えます。

 

本書の概要

第1章 文明の崩壊 ジャレド・ダイアモンド

専門の生理学や地理学に加え、考古学や人類学、鳥類学にも精通するオリバー・サックスは『銃・病原菌・鉄』の著者として有名です。

・『銃・病原菌・鉄』から『文明崩壊』へ

西欧の成功はいくつかの幸運な地理的条件の重なりの帰結であり、地理的要素は今後も重要な役割を果たしていくと考えられる。紛争をなくすためには国家間格差を小さくする必要がある。

・第三のチンパンジー

人類が遺伝的差異をほとんど持たないチンパンジーと異なる道を歩むことになった要因としては、直立歩行・脳の肥大化・言語の獲得などが考えられる。

・セックスはなぜ楽しいか?

セックスには、女が子育て期間中に男を引きつけておくための糊のような役割があるのではないかと考えられる。男はわずかな時間で遺伝子を残すチャンスを得られるから不倫をするのに対し、女は不幸な結婚を背景として新たな関係を求めて不倫をすると予想できる。

・宗教について、人生の意味について

宗教がもたらす恩恵として、第一に宗教は人々に強力な動機を与え強大な政治力となりうることがある。世界に様々な説明を与えるという観点で科学は宗教に取って代わることができる。人生は、ただ存在しているだけで意味というものは持ち合わせず、したがって「人生の意味」をとうことに意味はない。

・推薦図書

ヘンリー・デイビッド・ソロー『ウォールデンー森の生活』

トゥキディデスペロポネソス戦争史』

アルベルト・シュバイツァーヨハン・セバスチャン・バッハ

第2章 帝国主義の終わり ノーム・チョムスキー

ノーム・チョムスキーは、プラトンフロイト、聖書と並んで、最も引用回数の多い著者であり、「生きている人の中でおそらく最も重要な知識人」(ニューヨーク・タイムズ)と形容されます。

・資本主義の将来は?

金融部門を見ればわかるように、市場原理だけでは破綻は避けられない。政府の介入は不可避である。

・権力とプロパンガンダ

核兵器が存在する限り、いつか必ず核戦争が起きる。アメリカが考えているのは「核抑止」ではなく「核支配」である。非核武装地帯の実現を阻んでいるのはアメリカである。民主主義がその限界を露呈し始めているのは人類にとって大きな問題であるかもしれない。

・科学は宗教に変わりうるか

自分は無宗教であるが、宗教にはポジティブな面を持つものもある。何を信じるかは個人の自由である。科学は人生に対する問いを提供できていない。

・理想的な教育とは?

理想とする教育とは、子供達が持っている創造性と創作力をのばし、自由社会で昨日する市民となって、仕事や人生においても創造的で創作的であり、独立した存在になるよう手助けすることである。外から押し付けられる勉強、試験のための勉強などは無意味だ。

・言語が先か音楽が先か

音楽、数学的能力、アートなどは言語能力の副産物である可能性が高い。

第3章 柔らかな脳 オリバー・サックス

オリバー・サックスは脳神経科医として診療を行う傍、精力的に作家活動を行なっており、代表作には『妻を帽子とまちがえた男』などがある。

・音楽の力

人の神経系は音楽のビートに反応したり、音楽が認知症の人の記憶を呼び覚ましたり、音楽は人間に対して特別な力を持つ。

・人間に特有の能力について

「文法」や「読む能力」は人間に特有のものである。

第4章 なぜ福島にロボットを送れなかったか マービン・ミンスキー

マービン・ミンスキー人工知能分野の開拓者であり、アーサー・C・クラークの『2001年の宇宙の旅』映画版のアドバイザーとしてもよく知られている。

人工知能分野の「失われた30年」

数十年間、見栄えがいいロボットを作ることに専念し、リモコン操作でドアを開けるなどの子供でもできることをするロボットの開発がなされなかったのは残念である。現在コンピュータの知能を上げる研究はもっぱら統計的手法によるものだが、別の方法を探らなければならない。

・社会は集合知能へと向かうのか

集合の知能が個人の知能を上回ることがあるが、その逆の場合もある。科学の英知は、いつも個人知能によってもたらされた。

第5章 サイバー戦線異常あり トム・レイトン

トム・レイトンは数学者でありながら、自らの理論を引っさげてインターネット戦場に乗り込んでいき、設立した会社を年商10億ドルを超える会社に成長させました。

・インターネット社会のインフラを支える会社

将来的には全ての機器が携帯型に移行すると予想する。この場合、情報流通量の限界とサイバー犯罪が大問題になる。サイバー攻撃はより高度化し、組織化しており、戦争になればインターネットは最大の標的になる。

・大学の研究と企業の新たな関係

論理的に考え事実を突き詰める数学的訓練は、ビジネス上の決断を下すのに役立っている。アカマイ社はMITとの結びつきが強く、研究に重点を置いているため、ビジネス分野の頂上付近では向かうところ敵なしという状況を作り上げられている。

第6章 人間はロジックより感情に支配される ジェームズ・ワトソン

ジェームズ・ワトソンは、弱冠25歳でDNA二重螺旋構造の解明に成功したことで知られる分子生物学者です。

・科学研究の将来

生物科学の3つの重要研究分野は、第一に脳の発達と機能について、第二に老化にどう対処するかについて、第三にどうやって肥満化に歯止めをかけるかについてである。癌はすでに解決されつつあり、精神疾患はあまりにも複雑である。

・教育の基本は「事実に基づいて考える」ということ

多くの人が深く考えることなく、単にそれができるからという理由だけで行動している。適切な問題を見つけるには一流の人たちのいる場所に行くのがいい。若い頃は先生が適切な場所に送り出してくれるかどうかが鍵であるが、ある時から自分で判断しなければならなくなる。

 

まとめ

将来、教科書に名を連ねることになるであろう現代の巨人たちがそれぞれの専門分野の現在について語っており、とても刺激的でした。各々の人物とその業績についてもっと詳しく知りたいと感じました。

齋藤先生の読書術:『大人のための読書の全技術』

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『大人のための読書の全技術』中経出版

著者:齋藤孝

 

読書の達人が教える読書のすべての技術

30冊ほどの本を同時並行に読み、多い日には10冊以上の本を読破するという齋藤先生が、自らが実践している読書に関わるあらゆる技術を惜しみなく伝授してくれます。

 

本書の概要

序章 社会人にこそ、読書が必要な理由

読書の効用が列挙されます。

・読書によって、先人たちから自分自身をデザインし、ブランド化していく方法を学ぶとともに、そのモチベーションを得る。

・テレビやインターネットと比してより能動的で集中力を必要とする読書は思考力を鍛え会話における言葉の意味の含有率を高められる。

・読書によって先人たちの体験を追体験することで知性の経験値を上げ、ストレスに負けない精神力が身につく。

・読書によって知識や意識のキャパシティを大きくし、脳味噌をタフにして常に意識を総動員できるようになる。

・読書を習慣化することで、常に進化し続ける自分になれる。

・自己刷新の力を身につけ、それを仕事に生かすことができる。

・自分の頭で全てを考えようとするのではなく、読書によって先人たちの思考をなぞることができる。

第1章 読書のライフスタイルを確立する

読書のライフスタイルを確立する方法が列挙されます。

・「電車の中では必ず文庫本を読む」「1日のうち1時間は必ずカフェに本を読む」「誰かと待ち合わせをするなら必ず本屋にする」など、自分のルールを作る。

・本を捨てたり売ったりしてしまわず、部屋に本棚を設置し本と共に暮らす。

・本について語り合える友人を持つ。ネット上でのレビューなどのやりとりでも良い。

・尊敬する人の本や自分の背中を後押ししてくれる本、古典を手元に置く。

・情報・知識を取り出すことを目的とする「役に立つ読書」と、世界に没入することを目的とする「快楽としての読書」を区別し、速読と精読を使い分ける。

第2章 読書の量を増やす−速読の全技術

現代では速読と精読の両方の重要性が増していて、それを上手に使い分けることが重要になっていると主張した上で、速読の技術を列挙します。

・読書量を増やす

読書量を増やす知識を積み重ねていくことが、楽で、速く、正確な読書に直結します。同じ分野の本を6〜7冊読めば、理解しなければならないことは2割ほどしか残らない。

・本を読む目的を設定する

「今読んでいる本の内容を、誰かに説明するのだ」と決めることで、本の内容を理解し整理しながら読むことができる。実際に誰かに説明すればより効果的。

・一冊の本を読み終える締め切りを設定する

「この新書を3時間で読む」のように締め切りを設定し、慣れてくれば締め切りまでの時間を短くしていく。

・本をさばく

本を買ったら喫茶店に入って、一冊につき20分くらいかけて本の内容を人に話せるくらいに大まかに把握する。その本を読むモチベーションが最も高い時に中身を把握することに意味がある。

・逆算読書法

話の肝の部分が描かれることが多い3、4章や結論が書かれる終章を最初に読むことで全体の内容を効率よく正確に把握できることは多い。

・二割読書法

全体のうちの二割を正確に読み、内容を記憶する。どの部分を読むかを選ぶ能力は経験を重ねることで磨く。

・サーチライト方式

カバーの袖や要約などからキーワードを5、6個予想し、キーワードを拾いながら読む。

・同時並行読書

TPOに応じて多くの本を読み分け、10冊ほどを同時に読む。

第3章 読書の質を上げる−精読の全技術

・音読

音読によって本の内容を正確に理解すると共に身につけた知識や知恵を一生ものにできる。

・翻訳

まず翻訳本で内容を把握し、気に入った箇所だけでも原文にあたって音読し翻訳してみる。

三色ボールペン方式

客観的に最重要な部分に赤、客観的に重要な部分に青、主観として大切な部分に緑で丸をつけたり線を引いたりする。

・引用ベストスリー方式

好きな文章を三つ選んで引用して置き、会話の中で積極的にアウトプットするようにする。

第4章 読書の幅を広げる−本選びの全技術

・芋蔓式読書で、気に入った著者の本を続けて読んでいく。

・柱になって精神力を支えてくれる古典を何度も読む。

・古本も揃う図書館で買うべき本を見つける。

・ネット書店で手に入りにくい本を手に入れる。

第5章 読書を武器にする−アウトプットの全技術

・本に触れながら会話する習慣を身につけ、コミュニケーション能力を高める。

・読書でコメント力と質問力、雑談力を身につける。

・読書で知った新たな概念を活用する。

終章 社会人が読んでおくべき五〇冊リスト

 

まとめ

仕事の時と寝ている時以外はほとんど本を読んでいる齋藤先生の真似をするのは普通の人間にはなかなか難しいと思いますが、読書をする上で参考になる話がいくつも載っていました。また、先生が他の著書で主題テーマとして取り上げている話題も多く登場していたので、ぜひ読んでみたいと思いました。

超並列計算で革命を起こす:『量子コンピュータとは何か』

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量子コンピュータとは何か』ハヤカワ文庫

著者:ジョージ・ジョンソン

 

次世代コンピュータの原理と潜在能力を語る

量子的な現象を用いることで全ての計算を同時に行うことで計算回数を劇的に少なくできる量子コンピュータは今まさに開発が進んでいるテクノロジーで、注目を集めています。従来のコンピュータに対する量子コンピュータの性能は、火に対する原子力の能力の大きさに例えられるほどです。本書では量子コンピュータの原理とその潜在能力を数式を用いない形で紹介します。

 

本書の概要

序章 なぜ量子コンピュータは注目されているのか

本書の執筆当時(2004年)の最新のスーパーコンピュータ「Q」は1秒間に3兆回の演算を処理する性能を有していましたが、わずか64個の原子を用いた量子コンピュータに太刀打ちするのは単純計算で地球の表面積の5000倍の敷地が必要です。機密情報を守る暗号の堅牢性を担保している因数分解は、スーパーコンピュータを用いても計算には何十億年もかかりますが、量子コンピュータは計算時間を劇的に短縮します。

第1章 そもそもコンピュータとは何か 第2章 コンピュータの仕組み

現在のいかなるコンピュータの動作も、微小なスイッチのオン・オフでしかありません。従って原理的には棒と糸まきを組み合わせた装置で全く同じ動作を実現することが可能です。

第3章 量子の奇妙な振る舞いー「重ね合わせ」と「絡み合い」

ほとんどに人間には理解しがたい量子的振る舞いとして、「重ね合わせ」と「絡み合い」があります。

第4章 コンピュータの限界「因数分解」と量子コンピュータ

因数分解の問題の複雑さは桁数に対応して指数関数的に大きくなり、計算時間は最良のアルゴリズムを用いても「超多項式関数」によって増大するため、十分な桁数を持つ数の因数分解はスーパーコンピュータでは行えません。

第5章 難題を解決するショアのアルゴリズム 第6章 公開鍵暗号を破る

古典的コンピュータは1または0となるビットで記述されますが、量子コンピュータは0と1の重ね合わせとなることができるキュビットで記述されるため、複数の計算を同時に行うことができます。1994年にピーター・ショアは、因数分解を波の重ね合わせとして計算し、重ね合わせとして出力される計算結果から必要な答えをうまく抽出するアルゴリズムを発見したことで、因数分解において量子コンピュータがその能力を発揮できることがわかりました。

また、1996年にはロヴ・グローヴァーが、膨大な情報を高速で計算するアルゴリズムを発見しました。

第7章 実現に向けた挑戦 第8章 「重ね合わせ状態の崩壊」に立ち向かう

ショアやクローヴァーのアルゴリズムに代表されるようなソフトウェアの開発と共に、量子コンピュータ実現のためにはハードウェアの開発が必要です。すなわち、古典的コンピュータの万能素子NANDゲートに対応する量子コンピュータ制御NOTゲートの開発です。研究者たちはベリリウムイオンや光子、分子、電子など様々なものを使って制御NOTゲートを実現しようと思考錯誤しています。幾つものキュビットが計算に必要な時間の間、重ね合わせ状態を保持できるようにすることが難しいようです。

第9章 絶対堅牢な暗号「量子暗号」

RSA暗号量子コンピュータによって打ち破られる可能性があります。しかし、量子コンピュータの完成より前に量子暗号が実現されれば我々の機密情報は永久に絶対的に安全であることが保証されます。量子暗号は、原理的に、解読不可能なのです。

第10章 宇宙一の難問—タンパク質折りたたみ・巡回セールスマン・バグ検証

タンパク質が正しい三次元構造を取るために膨大な折りたたみ方から一つだけを選ばなくてはならないという「タンパク質折りたたみ問題」、幾つかの点を採最短で巡回する経路を探索する「巡回セールスマン問題」、ソフトウェアの膨大なコマンドの全ての組み合わせに対してバグが生じないか検証する「充足化問題」などは「NP完全」と呼ばれ、非決定論的に多項式時間で解けるが、決定論的には指数関数的時間でしか解けません。量子コンピュータNP完全という壁に風穴を開けられるかどうかは、科学の世界における最大の未解決問題の一つです。

 

ショアのアルゴリズム

ショアのアルゴリズムについて少し詳しく見ていくために、まずモジュロ計算によって15を因数分解することを考えてみます。

⑴まず、因数分解したい数(この例では15)より小さな数を一つ、適当に選びます(例えば7)。

⑵この数の1乗、2乗、3乗、…に対し因数分解したい数で割った余りを項とする数列を生成します(7=15*0+7, 49=15*3+4, 343=15*22+13, …により数列は7,4,13,1,7,4,13,1,…となります)。

⑶この数列の周期を調べます(この例では4)。

⑷はじめに選んだ適当な数の(周期/2)乗を計算します(この例では7*7=49)。周期が奇数になった場合は⑴に戻り、適当な数の選び方を変えます。

⑸⑷で計算した数の両隣の2つの数と、因数分解したい数の最大公約数を、ユークリッドの互除法などを用いて求めます(48と15の最大公約数は3、50と15の最大公約数は5)。

⑹⑸で得られた2つの数は因数分解したい数の約数になっています。

 

ショアのアルゴリズムではまず、スピンを持った原子の列を使って、⑵で何乗するか表す数1,2,3,…を表す状態を量子的に重ね合わせます。この原子列を「入力レジスタ」と呼びます。次に量子版のAND、OR、NOTゲートを使って累乗計算を行います。この時、全ての入力値は重ね合わされているので必要な計算は全て同時に行われます。この計算の答えも、スピンを持つ原子の列(出力レジスタ)の状態の重ね合わせとして出力されます。最後にすべきことはこの周期を知ることです。原子の列のスピンを測定すると、数列の中の一つへランダムに壊れます(例えば7)。入力レジスタと出力レジスタは互いに絡み合っているため、同時に入力レジスタも部分的に壊れます。すなわち、7を出力するような累乗数(1,5,9,13,…)だけを重ね合わせた状態へ変化します。この出力レジスタに対して量子的なフーリエ変換を施すことにより、周期を求めることができ、あとは単純な計算を行うことで約数を得るとこができます。

 

まとめ

量子コンピュータの概要を知りたくて本書を読みました。量子を使って計算を同時に行うという発想は割と昔からあったそうですが、ショアのアルゴリズムによって因数分解に対して量子コンピュータがその絶大な威力を発揮できるということが分かたことで注目を集めるようになったようです。量子コンピュータの実現のためにはハードウェア面の問題の解決が必要だそうなので、もしかしたら日本人研究者の活躍が期待できるかも知れないと思いました。

また、本書の巻末の解説を担当する竹内繁樹氏の著書『量子コンピュータ』(BLUE BACKS)では、竹内氏が研究者の立場から制御NOTゲートや量子フーリエ変換についてもう少し詳しく解説しており、本書と相補的な関係にあると竹内氏は言います。