The Room of Requirement

必要な人が必要な時に必要なことを

人間性の暗黒面を探る:『ルシファー・エフェクト』

f:id:my299792458:20171214005501j:plain

『ルシファー・エフェクト』海と月社

著者:フィリップ・ジンバルドー

 

悪とは何かを知らずして、悪を正すことはできない

1971年に行われたスタンフォード監獄実験は、人間の信じられないような負の側面を暴き出したことで世界中に衝撃を与えました。現在でも、社会心理学の分野では頻繁に言及されます。本書は監獄実験を行なった張本人であるジンバルドー教授が実験の詳細な報告を行なったものです。倫理的問題から2度と追試が行われることはないからこそ、この貴重な実験から多くを学ぶ必要があると思います。

 

本書の概要

第1章 悪の心理学

天使ルシファーは神の権威に逆らったために取り巻きの堕天使とともに地獄へ追放された。ルシファーは神の創造物である人間を堕落させることで神への復讐を果せると考え、アダムとイヴを誘惑し悪の道へ引き入れる策略に成功した。

悪を「罪のない人に対し、虐待、侮辱、人格蹂躙、傷害、殺害などの行為を故意に加えること。もしくは、権力や組織の力を利用して、そのような行為を自分の代わりに他人が行うのを助長、または許可すること」と定義する。

第2章 日曜日。突然の逮捕

刑務所生活の実験に応募した人の中からあらゆる意味で平均的で教養ある若者であるとして選ばれた9名の学生は、本物の警察に逮捕され手錠をかけられ、警察署に連行された。学生たちは突然の逮捕に驚くも、実験の開始であると気がついて警察の指示に従った。本物と同じ一連の手続きを終えた後、囚人役を務めることになる彼らは目隠しをされて、スタンフォード大学の地下に設営された模擬刑務所へ運ばれた。そこでは、囚人役の学生と同様、応募の中から選ばれた学生が看守役を務めるために待ち構えていた。

第3章 尊厳を奪い去る儀式

刑務所にたどり着くと、囚人役は衣服を脱いでシラミ駆除剤(の代わりのパウダー)を吹き付けられた後、識別番号が記された囚人服に着替えた。この他スイミングキャップのような帽子とゴム靴を着用し、片足には鍵付きの鎖をはめられた。一列に整列した囚人役に、看守役は刑務所での規則を言い渡した。

規則は17ヵ条あり、第8条「囚人は、看守には“刑務官殿”、所長には”刑務官長殿”という呼称を使うこと。」第9条「囚人は自らが置かれた状況を“実験”“シミュレーション”と称してはならない。」などが含まれる。続いて最初の点呼がおこなわれた。囚人は識別番号で呼ばれ、動きが遅い囚人は10回の腕立て伏せを命じられた。9人の囚人は3人ずつ3つの監房へ入れられた。

看守が夜勤と交代した後に行われた点呼では、看守は「声が小さい」「節のつけ方が下手」などと言いがかりをつけて腕立て伏せを命じた。看守の命令に異議を唱えた囚人は懲罰房へと入れられた。

早朝のシフトの看守は午前2時半のけたたましい警笛で囚人を叩き起こした。点呼ではミスを冒した者は腕立て伏せやジャンピングジャックを命じられた。小一時間続いた点呼の後、囚人は再び眠りにつくことを許された。

自主的に残酷さをましていく看守たちは、このまま行動をエスカレートさせるのか、それともどこかで均衡のようなものに達するのか、この時点ではわからなかった。

第4章 月曜日。囚人の反逆

午前6時ちょうど、囚人たちは睡眠から呼び覚まされ、点呼を行った。

囚人8612はベッドメイキングのやり直しを命じられて激昂し、看守に掴みかかった。8612は看守たちに取り押さえられ、懲罰房へ入れられた。制御不能に傾きつつある囚人たちを引き締めるため、看守たちは毛布を低木の茂みにすりつけて毬や棘だらけにして看守たちに取り除かせた。

囚人は監房のドアにベッドを押し付けてバリケードを気づいて抵抗運動を始めた。看守は昼のシフトの3人と合わせて6人でなんとか沈静化した。

5704は長い爪でコンセントの保護板をはがし、その角で監房のドア鍵を外して脱走しようとしたが、運悪く看守にばれてしまった。

ただならぬ空気になってきたと感じたジンバルドー教授は囚人の代表3名からなる“苦情申し立て委員会”の結成を許可した。委員会は看守の虐待、嫌がらせの度が過ぎていることや食事の量が少ないこと、面会を増やして欲しいことなどを訴えた。

8612は態度を軟化させることはなく、ジンバルドー教授との面会を要求した。8612は看守による囚人たちの扱いは契約違反だと主張したが、実験のアドバイザーとして同席した元囚人のカルロ氏の剣幕と教授の説得で実験への参加を継続することに同意した。囚人たちの元に帰った8612は、「脱落は不可能である」と触れ回った。この衝撃的な通告は囚人たちの心をくじくこととなった。

看守たちの行動は過激さを増し続け、懲罰房に何度も入れられることとなった8612は、結局不満を爆発させ、その日のうちに実験から脱落することが決定された。2週間を予定していた実験の、たった2日が終わっただけだった。

第5章 火曜日。訪問客と暴徒の二重苦

看守を演じる学生の一部は、単なる演技の域を大きく踏み越えつつあった。最高責任者であるジンバルドー教授についても、離脱した8612が仲間を引き連れて刑務所を襲撃に来るという噂に必要以上に反応し、過剰な対策を取って時間と労力を無駄にするなど、普段とは異なる心理状態に陥ってしまっていた。離脱した8612に変わって、スパイとして囚人役を務めることになった学生は、すぐに囚人役に没入しスパイの役割を放棄してしまった。囚人の家族との面会では、本物の刑務所さながら、面会の時だけは刑務所内を清潔に保ち囚人には刑務所の快適さ・充実ぶりを家族に話させた。

第6章 水曜日。制御不能

本物の刑務所に倣い、囚人と神父との面会が企画されたが、この面会の様子は現実と幻想の境界線が薄れつつあるということを象徴していた。本物の刑務所を直に知る本物の神父が、模擬監獄に過ぎないことを重々承知しながらも、自分に与えられた役柄に深くのめり込み、囚人たちの話を聞き、助言を与え、励まし、協力することを約束したのだった。この日の朝、819が騒動を起こした。怒りに任せて枕を引き裂き、中身の羽根をあたり一面にぶちまけた。看守は連帯責任として囚人全員に罰を与えた。819は懲罰房でヒステリーに陥っていたが、教授が実験をやめにして帰宅しても良いという提案を、驚くことに、仲間に迷惑をかけたままにはできないと言って断った。結局、819は実験を降りることになった。欠員を補うために新たに実験に参加した416は、一人でハンガーストライキを始め、看守の命令や仲間の説得を無視して2本のソーセージを食べるのを拒み続けた。看守の一人が腕立て伏せをする416の背中を踏みつけても食べなかった。

第7章 「仮釈放」という権力

自由になれるという思わぬ機会に囚人がどう対処するのかを観察するために仮釈放委員会を設置し、素行の良い4人の囚人を選んで現時点で自分が釈放に値すると思う理由を述べさせた。4人とも釈放を望んで自らの主張を訴えようとしたが、仮釈放委員長のカルロは強い口調で囚人たちを口撃し時には人種差別的発言や人格否定までしながらその主張を突っぱねた。本物の仮釈放委員会で自分が囚人としてひどい扱いを受けてきたことに強い不満を持っていたのにも関わらず。

「仮釈放と引き換えなら、囚人としての報酬を全額放棄しても構わないか?」という問いかけに対しては、なんと4人中3人が同意した。囚人たちはいつでも自分の判断で実験から降りてそれまでの報酬を受け取ることができるということを忘れてしまっていたのだろうか?

第8章 木曜日。現実との対峙

1037はこの日、過度のストレスの兆候を見せ、釈放されることとなった。この知らせを聞いた4325は、自分が仮釈放の機会を逃したのだと考え、この日の午後、突然おかしくなった。やむなく4325も釈放されることとなった。

スタンフォード大学社会心理学の博士号を取得したクリスティーナ・マスラック(ジンバルドーとは恋人関係にあった)は模擬監獄での囚人、看守、そして研究者の様子を目の当たりにひどく心を痛め、憤慨し抗議した。ジンバルドーとの激しい口論の末、実験中止を決断させた。

この最中にも、刑務所内の状況は悪化し続けていた。看守は点呼の際に2人の囚人にラクダの交尾の真似をするように命令した。たった5日間でこれほどの性的な辱めが横行するようになってしまった。

第9章 意外な終焉

「実験は終わりだ。全員、自由に帰っていい。」模擬監獄の全ての人がその役割から解放された瞬間だった。報告会は3回に分けて行われた。1時間目には早期釈放されたものも含めた元囚人たちが集まった。最後まで残った元囚人があからさまに偉ぶったりすることはなかったが、元囚人たちは元看守たちを激しくなじった。2時間目には元看守たちが集まった。囚人たちから”良い看守”と評価されたものたちは実験が終わったことを喜んでいるものの、その他大勢は実験中止の決定に失望を隠しきれない様子だった。元看守の中にはやりすぎだったと素直に謝ろうとする態度のものもいたが、逆に自分の行動を正当化する元看守も少なくなかった。3時間目には元囚人と元看守が対面した。報告会はぎこちない礼儀正しさに包まれていたが、数人の看守が公に謝罪したことで過度に険悪化することは免れた。

第10章 スランフォード監獄実験の意味 人格豹変の魔力
第11章 監獄実験の倫理と広がり

この2章ではスタンフォード監獄実験から得られた教訓を様々な面から考察している。

 

第12章 権力への「同調」と「服従
第13章 没個性、非人間化、そして怠慢の悪

被験者が権威に命令されて他人に電撃を与えるというミルグラムの実験や

アメリカの高校で行われたナチスドイツをシミュレーションしてみるという試みなど、悪をめぐる数々の実験が紹介される。

 

第14章 アブグレイブの虐待と拷問
第15章 “システム”にメスを入れる

この2章では、アブグレイブ刑務所での事件について詳しく書かれている。

裸の囚人の男たちがピラミッド状に積み重ねられた山を前にして薄ら笑いを浮かべて立っている米軍兵士の写真や、女性兵士が裸の囚人の首に犬用のリードをつけ引き回している写真などがリークされ、全米に衝撃を与えた。

頭に袋を被せられた囚人、裸体、性的屈辱を味わわせるゲーム、…、その様子はスタンフォード監獄実験で観察された状況と酷似していた。まるで、スタンフォード監獄実験の最悪のシナリオが、ゾッとするような条件下で数カ月に渡って実行されたかのようだった。

第16章 あなたが次の英雄だ

望ましくない力に抵抗する10段階の対処法が紹介される。抵抗の鍵は3つのSを発展させるとこである。つまり自己認識(self-awareness)、状況感度(situational sensitivity)、処世術(street swarts)である。

 

まとめ

平時において人間は天使でも悪魔でもありませんが、システムはいとも簡単に人間を天使にも悪魔にも変えてしまうことがわかりました。 凶悪な事件を起こした人間や目を背けたくなるような残虐性を晒す人間に対しては「異常」「サイコパス」といった言葉を当てはめ、自分とは別種の人間であると考えがちですが、本書を読むに当たっては、「自分もこの状況下ならこのように行動してしまうかもしれない」と考えながら読むことが重要です。