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5人の先達の慧眼:『人類の未来』

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『人類の未来』NHK出版新書

著者:ノーム・チョムスキーレイ・カーツワイル、マーティン・ウルフ、ビャルケ・インゲルス、フリーマン・ダイソン吉成真由美[インタビュー・編]

 2017年、今知りたいことを世界最高の知性たちが語る

ベストセラーとなった『知の逆転』の姉妹本です。トランプ政権、民主主義、AI、シンギュラリティ、EU、都市建築、環境問題、2017年に人類が直面する様々な問題と人類が手にしつつあるテクノロジーの未来について、5人の超一流の知性たちが吉成氏のインタビューに答えます。

 

本書の概要

第1章 トランプ政権と民主主義のゆくえ ノーム・チョムスキー

「世界一の知識人」と称されるノーム・チョムスキーは、もともと数学者でしたが、全ての言語に共通する普遍文法を提唱して言語学に革命をもたらし、ベテナム反戦運動を機に政治活動にも深く関与するようになった人物です。

・アメリカは衰退すれども世界一か?

アメリカは世界最強の国として他の追随を許さない状況ではあるが、アメリカの力のピークは70年前の1945年であり、その時から斜陽は始まっている。衰退の主たる原因は規制緩和政策や健康保険システムなどの国内政策である。

・トランプはアメリカをどこに導くのか?

デマゴーグ(煽動政治家)たちが取る常套手段であるスケープゴートを立てて不満のはけ口にするやり方が欧米に広がっている。選挙戦で重要課題がほぼ完全に無視されたことはメディアの責任が大きい。トランプの最も確かなことは彼が不確かだということだ。彼は神経の細い誇大妄想狂であり、彼がどのような行動に出るのか、本人も含め誰にもわからないという状況は非常に危険である。

・ISと中東問題

サウジアラビアのジハード・グループへの資金提供による極端なイスラムイデオロギーの促進、イラク侵攻によってもたらされた破壊とセクト戦争などが、ISが生まれる土壌を培うことになった。

・なぜ戦争をするのか?

戦争は偶発的事件の重なりから始まることがあれば、一国の指導者(例えばヒトラー)の攻撃性で始まることもある。核兵器時代になっても世界が存続し続けいていることは、ある意味奇跡的なことであり、このまま続くとは思えない。

日本の平和憲法は、完璧ではないにしろ、世界中が見習うべきものである。集団的自衛権の行使が可能になったことでそれが崩されていくのを見るのは残念としか言いようがない。

・テクノロジーの進歩と人類の未来

AIが人類の知能を超えるというアイディアは、今のところ完全なる夢であり、実現するコンセプトもその夢を支える根拠もない。ディープ・ラーニング膨大なデータとコンピュータの計算力に頼ったもので、実際の知能の働きとはかけ離れている。

第2章 シンギュラリティは本当に近いのか? レイ・カーツワイル

レイ・カーツワイルは発明家・未来学者・コンピュータ・エンジニア・実業家であり、2045年にはAIの能力が全く予測不可能な臨界地点に到達することを予測し、その地点を「シンギュラリティ」と名付けました。

・「シンギュラリティ」の背景

情報技術は指数関数的な成長をする。2029年にはコンピュータが全ての分野に置いて人間がすることを超えるようになる。このAIが手にはいれば、赤血球サイズのナノロボットによる免疫システムの補助で寿命を延長させたり、AIを直接脳に接続し究極的なVRの構築や思考の拡大を実現したりできるようになる。

・医療・エネルギー・環境問題の未来

医療ナノロボットのテクノロジーを通じて究極的には全ての病気は克服される。ソーラー・エネルギーが指数関数的に成長すれば20年もしないうちに必要とする全エネルギー太陽エネルギーで非常に安くまかなえるようになる。

・コンピュータによる知能の獲得

ディープ・ラーニングは適切な判断のために膨大なデータを必要とするため、AIの課題は「少ない情報から多くを学ぶこと」である。情報の入力を多層化することで高度な知能を実現できる。

・人類進化と幸福の意味

我々の思考は有機的な部分(脳)と無機的な部分(AI)から成り立つようになるが、やがて無機的な部分がそのほとんどを占めるようになる。この時、自己のバックアップを作ることができる。

第3章 グローバリゼーションと世界経済のゆくえ マーティン・ウルフ

「世界で最も信頼されている経済・金融ジャーナリスト」と多くの人が認めるマンーティン・ウルフはフィナンシャル・タイムズ紙の経済論説主幹を務めます。

・グローバリゼーションのゆくえ

現在がグローバリゼーションの停滞が内向きの姿勢へと結びつく転換点にある、という可能性は十分にある。グローバルな交易は問題もあるが、全体として世界に利益をもたらすものである。貧富の格差は適切な予防措置を取らなかったために生じた。

・日本の借金問題

日本政府の借金はほぼ全てを日本国民に負っているため、アルゼンチンやギリシャのケースとは異なる。日本政府は財政のバランスをとることも必要ではあるが、それにも増して、経済がうまく機能していくことを責任を持って最優先すべきである。法人税を引き上げ、企業の余剰資金を取り出して家計に移し、総需要をあげることが適切であると考える。

ブレグジットの影響とイギリスやEUの将来

ユーロ圏の失敗と東ヨーロッパからの移民が英国民のEUに対する不信感を高め離脱につながった。イギリスの今後についてはわからない。スイスのようになるかもしれないが誰にも予測できない。ブレグジットがスムーズに進みEUとイギリスの関係が良好保たれ世界経済への影響は限定的であるという可能性もあるし、ブレグジットがうまくいかずユーロ圏の分裂などを引き起こし世界経済に計り知れない打撃を与えるという可能性もないわけではない。

第4章 都市とライフスタイルのゆくえ ビャルケ・インゲルス

ビャルケ・インゲルスはデザイン性と実用性を両立した作品を生み出して数々の賞を受賞し、2005年にBIGを立ち上げてから11年間に世界貿易センタービル2、グーグル本社、ハイパーループ1など次々に大型プロジェクトを依頼されています。

・3Dプリンティングは大量生産型の建築にも建築材料として使用されるようになるのは間違いない。テクノロジーが飛躍的に発展すればテクノロジーの部分はますます短命に多様になっていって、現在の最新テクノロジーを取り入れれば入れるほど建築が実際に建つ3,4年先にはそれらのテクノロジーはすでに古いものになっている。建物自体はローテクになっていくと思われる。

 

第5章 気候変動モデル懐疑論 フリーマン・ダイソン

数学・理論物理学の分野に加え、他の様々な分野でも目覚ましい活躍を見せてきたフリーマン・ダイソンアインシュタインの真の後継者としてあまねく尊敬を受け、通説やドグマに惑わされず、様々な問題に対して常に独自の視点を提供してきました。

・気候変動の誤謬

炭素削減が地球を温暖化しているとして、その対策に血眼になって、森林伐採や野生動物の破壊など実際の被害が生じているところに使われるべき莫大な時間と資金が投入されてきたことは嘆かわしい。環境保全は熱心に支持するが、それが炭素燃焼という環境保護とは関係のない問題と混同されているのは不幸なことだ。

 

まとめ

『知の逆転』が興味深い本だったので、その姉妹本である本書を読んでみました。常識や周囲の情勢に流されず、事実を冷静に見つめ、本質を見定める5人の知性たちの人類の未来に対する見解を知ることができました。5人の意見は必ずしも一致しているわけではありません。AIが知性を獲得するというのは今の所ファンタジーでしかないと言うチョムスキーに対し、AIは知性を獲得しシンギュラリティを迎え、人類と融合すると語るカーツワイル。地球温暖化は人類存続に関わる大問題であるから炭素削減を含む対策を講じなければならないと主張するチョムスキーに対し、気候変動は極めて複雑なプロセスなので炭素削減に拘泥するのではなく実際に発生している環境問題に時間と資金を投入すべきだと述べるダイソン。彼らほどの知性でも異なる見解を持つに至るほど、現代の問題は予測不可能であるようです。